白い部屋で月の歌を
朱川湊人
2003年11月10日 初版発行
角川ホラー文庫
僕が大阪に住んでいた時、よく1DKの狭いマンションの一室で、1人でよくタコパをしていた。その頻度は1週間に1回はコンスタントに行っていて、20個穴のあるたこ焼き機で、2周回して40個作り、20個はその日の晩御飯、20個は冷蔵庫へ入れて、翌日の晩御飯としていた。ベランダの窓を夏場であれば網戸にして、冬場であれば全開にして、鉄板から立ち上る煙を排気していた。僕の住居は大きな道路に面するマンションであった為、そのベランダから見る景色は雑然としていた。けたたましい往来の音、部屋に入り込む排気ガス、アスファルトビューは決して気持ちの良いものではなかったが、夜空には月が輝いていた。僕はその月を見ながら、たこ焼きをくるくるとやっていたのである。月の啼き声。ジュンにしか聞こえないその声はどんな音だったのだろうか。考えれば考えるほどたこ焼きを焼くジュージューという音が聞こえてくる気がする。
今作は表題作「白い部屋で月の歌を」のほか「鉄柱」を収録している。書評としては「白い部屋で月の歌を」のみ記述しようと思う。
第10回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。
あらすじ
いえ、ふざけているのでも、気取った物言いをしているわけでもありません。実際に月は啼いているのです。
朱川湊人 [2003] 『白い部屋で月の歌を』 p.6
ジュンは霊能者シシィ姫羅木の元で除霊のアシスタントをしている。彼は自らの身体を憑坐とする事で、シシィが霊を剥がし物体に閉じ込める為に一時的な領域を展開することができる。その領域(彼の心の中)を「白い部屋」と呼ぶ。
ある日、エリカという女性の生霊を「白い部屋」に招き入れることになる。そしてジュンはエリカに恋をしてしまうのだが。
書評
お前…まさか、本当に自分が人間だと思っていやがるのか?
朱川湊人 [2003] 『白い部屋で月の歌を』 p.114
物語の節々で感じる違和感はラストシーンを彩るスパイスであると言えよう。
ジュンは木でできた人形であった。しかも、その形態は女性用のラブドールだ。彼が作られた時代背景は不明であるが、木造りのラブドールとは、そのかつての使用者からかなり変態の臭いを感ぜられる。ジュンが白い部屋で恵利香の前に具現化して現れた時、彼女は彼に対して結構イケメンと言ったが、その時の彼の顔が、殺される前の胎児に近かったのか、人形に近かったのかは不明である。人間の記憶同様、彼にも胎児であったころの記憶はないと予測できる為、後者の説が濃厚である。ただし、白い部屋に訪れた霊の顔の記憶を彼が、都合よく縫合して拵えたという可能性もあるだろう。
ジュンがシシィと愛し合い、彼女の性エネルギーをもらわないと動くことができないというのは、何とも奇妙な設定である。ジュンが、人と触れ合うことでエネルギーを得るという人間的側面と、性交を通して本来の役割を果たすことでエネルギーを得るという人形的側面を有しているのがわかる。どちらの側面から見ても、エネルギーを享受するには「人」の存在が不可欠である。
彼に憑坐としての適性があったのは、言わずもがな彼が虚ろな人形であったからである。人形の形を成している為、器として霊を入れることに適していたのであろう。たまたま、屋敷の女の胎児の魂が宿り、ジュンと命名され、その人格が生成されてからというもの、たくさんの霊をその白い部屋に招いてきた。そのたびに彼等が歩んできた人生が、ジュンの人格、記憶となり、彼を形成した。彼の感情や記憶、思考は自分のものなのか、他人のものなのか、彼自身わかっていない。
それにしても、月の啼き声というのはどんなだろうか。白い部屋に行けば、その音は聞こえるのだろうか。それは、彼の魂がまだ胎内にあったころ、毎日のようにお腹をなでながら、生まれてくる彼に対して贈られた母の子守唄の記憶である可能性があると同時に、かつて白い部屋へ来た、まったく関係のない誰かの記憶によるものである可能性があることも否めないであろう。いずれにしても、この物語は恐怖と言うよりは哀しさが際立つ。
物語の最後でジュンとリョウが執り行うゲームの勝者は間違いなくリョウであろう。山道で月光を浴びながらひっくり返って動かなくなっているジュンが目に浮かぶ。どこまでも、救いようのない物語である。
まとめ
ブログ冒頭で記述した通り、「月の啼き声」と聞いて思い出すのは僕が一人でたこ焼きを焼いていた時のジュージューという音である。業務スーパーでお気に入りのたこ焼き粉や材料を買うときはウキウキであった。揚げ玉はオタフクの「いか天入り天かす天華」、紅ショウガ、ネギはあらかじめ切られているタイプ、タコは海外産、青のりはニコニコ海苔の瓶入りと、何回も試行錯誤し、得た僕の最適解を指標として、僕は店内を練り歩いた。帰宅し、シンクの上の棚にipadを立てかけ映画を見ながら安い発泡酒を呷り、ほろ酔いでたこ焼きの準備をするのが至高であった。ジュンが聞いたら怒るかもしれないが、その「月の啼き声」は僕にとってはなくてはならない音であった。かなり脱線して筆致がとっ散らかってきたのでこの辺で終わろう。
僕も「狭い部屋でたこ焼きの歌」を誰かと聴きたいと思った。


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