怪談レストラン④ 幽霊列車レストラン
怪談レストラン編集委員会・責任編集 松谷みよ子
絵 かとうくみこ
1996年9月10日 第1刷発行
株式会社童心社
怪談レストランシリーズ全50巻あるうちの第4巻目、幽霊列車レストラン。
表紙には顔面蒼白の駅員さんの幽霊が描かれている。左手には「あの世ゆき」とかかれた切符、右手には血のついた改札鋏が握られている。肩かけのバッグからは充血した目の魂のようなものが顔を出している。彼に脚はなく、ゆらゆらと幽霊のアレが揺蕩っているところを見ると、彼はこの世の者ではないことがわかる。
彼の名は駅員さん。
小学生の頃、妹と二人で東北のおばあちゃんの家に新幹線で行ったことがある。二人で用意してきたたっぷりのおやつを座席で食べていると車掌さんが切符を切りに来た。その時、車掌さんがこの新幹線のすべての運命を握っているような、絶対的な力を持っているような、そんな変な空気を感取した。僕は車掌さんが来るとすぐにリュックから切符を用意し、恭しく差し出した。「二人だけで、偉いね」彼はそう言って笑顔で僕たちに切符を返した。当時の僕はなぜ二人だけで新幹線に乗るのが偉いのか、理解できないでいた。
あらすじ
ようこそ 幽霊列車レストランへ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.3
新幹線に乗車した普通の男性が車内にてたくさんの幽霊を目撃することから物語は始まる。そしてそれらの幽霊は、かつて新幹線開通の工事を行った最中に不慮の事故で亡くなった作業員たちであったことを彼は知り、彼らのような幽霊の為に、彼は「幽霊列車レストラン」をつくる。
読者はゲストとなり、当レストランでお料理(お話)をいただくのである。
作品は全15話のオムニバス形式で描かれ、内3話は幽霊列車レストランに関する話、内12話は広義のホラーに関する話で構成されている。「列車」に関する話が若干多めの印象。「船」や「トンネル」「車」「馬車」に「飛行機」など、広義の「乗り物」に関する話も多分に含まれる。p20-21 レストランのメニューを模した目次が非常に面白い。
メニュー
最初のおはなし 幽霊列車レストランのできたわけ
真夜中、わたしはこのレストランごとそっくり、新幹線のレールの上をはしらせるんです。すると幽霊たちが、よろこんでのってくるんですよ。うそだって?ははは、ほんとうなんですよ。
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.12
新幹線で怪異に見舞わたあとに、怪異の為にレストランを開くこの男性の行動力と慈悲深さに驚いた。その屈託のない笑顔に恐怖すら感じたほどだ。基本的に当レストランの客として想定されているのは「幽霊」であることがわかる。間違いなく彼は新幹線界隈の幽霊たちのスターであろう。おそらく「駅員さん」もその恰好から考えて、業務中に不慮の事故で亡くなった者の霊であろうか。ウエイター1が車掌の恰好をしているのは非常におしゃれである。
絵のおはなし ふしぎな絵
こわいような谷間ねえ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.15
レストランの絵が実際に列車の脱線事故を予言するという話。この絵と実際の現場との関係性、絵が予言したのか、絵がそうさせたのかという点など、判然としない点は多い。絵の中の列車が深い谷間に落ちていく様はある種芸術的な美しさのようなものを秘めている。
幽霊列車
ねこどころではあるまいに
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.26
黒猫のげんたの役割がよくわからない作品。げんたは何だったのだろうか。主人公たちが見た幽霊列車の座席にちょこんと座っていたげんた。彼の哀しそうな表情をしていたことを鑑みると、彼は母の死をずっと主人公に伝えたかったのではなかろうか。ということは彼は死神か、人間の死を伝える使者のような存在か。いずれにしても、車窓から顔を出すかわいらしいげんたに悪意は感じられない。
もうひとり、おのりになれますよ
もうひとり、おのりになれますよ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.38
日本の怪談における典型的な「再度の怪」パターンの話である。このようなからくりを持つ話は日本だけのものじゃないということに驚いた。この話はイギリスの話であるが、全国津々浦々、恐怖のトリガーに類似点は多いのかもしれない。ただこの話のラストで、主人公の前に現れた男は主人公の死を結果的に回避させることになる。エレベーターを霊柩車と見立てたのであろうか。また、エレベーターに乗っていたほかの乗客がこの男を目撃していかどうかは、もはや確認などできるわけもない。
幽霊トンネル
なあ、おれたち、友だちだよな
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.46
怪談好きなら絶対に知っているであろう有名な怪談。俺たち友達だよなと前置きを置いたにもかかわらず、逃げ出した友人たちを見た時、達也の心境はいかがなものだったのか。彼は不憫でならないが、その前置きが「間」となり、物語の良いスパイスとなっている。ところで、消えた達也はいったいどこに連れていかれたのか。想像すると非常に怖い。この話はジャンルとして心霊スポットを基盤としているが、そこから神隠しや異次元系のジャンルに転じるところが興味深い。トンネル内に血だらけの女の霊が立っているよりも怖いかもしれない。
メリーちゃんの電話
アヤチャン、ワタシ……メリー
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.58
この話は所謂「メリーさんの電話」ではない。
電話の主のワタシ死んだの、というセリフをみるに、メリーちゃんは死んでから主人公に電話をかけてきたのである。異国の地で友達になった主人公のことが本当に好きだったのかと思うと、ただただ、哀しい物語である。
幽霊船
ゆ、幽霊船だ!幽霊船がいる!
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.63
悪魔と契約したある大男の船長の話。この物語は呪いの拡散を示唆している。契約者の命だけでは満足できず、幽霊船に呪いを宿し、それを見た者の命まで奪うことから、悪魔は欲深い存在であると言える。そして大男は死ぬことも生きることもできず、亡霊となり永遠に海をさまよう。
指-じいちゃんの話
それなのに、つぎの日、ひきだしをあけたおれは、しんじられないものをみた。あの指だ。またあの指だ。
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.79
指の持ち主は死んだ友人のものであろうか。じいちゃんの机の引き出しに何度も現れたその指は、じいちゃんに何を伝えたかったのか。身体ではなく、指だけが残り続けるのも甚だ奇妙な話である。
14,5の若さで戦争に行かされた少年たちは何を思ったのであろう。彼等が命をかけて守った未来を僕たちは生きている。感謝の心を忘れず、生きようと思った。
やすい車にご用心
そんなにやすい車でだいじょうぶなの?
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.81
彼等兄弟の新車江の島ドライブは地獄のドライブになってしまった。安い事故車に乗って、事故を起こすというシンプルな話。死者が出なかったのは女の幽霊の彼等に対するせめてもの容赦であろうか。
幽霊のさがしもの
ああ、これをさがしていたんだなあ。かわいそうになあ。ゆるしてくれよ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.92
小学生だった僕を恐怖のどん底に叩き落とした話。
やけに挿絵が怖かった思い出がある。崖から落下中にふたまたの枝に挟まって眼球が飛び出すという絵的にも、非常に怖い話であった。幽霊として出てきたところで、視界がない中自らの目玉を探していると思うと、この女性が不憫でならない。
雨の夜のヒッチハイカー
座席をたしかめると、シートにははっきりとぬれたあとがありました。
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.97
この話はイタリアの話である。日本にもとても良く似た怪談がある。「もうひとり、おのりになれますよ」もそうであったが、人間の恐怖を感ずる心理に国境はないのかもしれない。ところで、シートが濡れているという表現は、幽霊が消えるさいに、水分が出る為であるとずっと思っていたが、そうではなく、雨で濡れていた幽霊が確かにそこに座っていたということを示唆する為であると、今になって初めて気づいた。
あらしのよる
おまえも、殺ってやる!
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.105
助けた老人がシリアルキラーだったと気づいた時の少女の恐怖はいわずもがなである。彼のナイフに落ちた落雷は神の雷であったのだろうか。本当に怖いのは人間なのかもしれない。
むかえにきたおじいさん
おじいちゃんは、死んでいないんだよ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.118
上記のセリフは「死んで、居ない」という意味のようだ。「死んで、いない」という否定の意味に捉えてしまって、少し困惑した。お客さんを大切にしていたおじいちゃんの魂が、お客さんのもとに現れることをおばさんは分かっていたので、どちらの意味でとってもおかしくはないと感じた。
それにしても、列車がトンネルに入って、窓が鏡のようになったときって、少し怖いですよね。何かこの世ならざる者が映っていそうで…
デザート 悪魔の乗り物
怪物だ
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.124
かつてハレー彗星が地球に接近した際、その彗星の軌跡が「尾」のように見えることから、その「尾」には毒があり、一定時間地球上の空気が汚染されるから、呼吸を止めなくてははならない、などといったガセ情報が拡散したことがあった。人間は見たことのないものに対して恐怖を抱いてしまう生き物である。それにしても、火を噴き、猛スピードで走る真っ黒な列車を見た時人間は何を思ったのであろうか。きっと巨大な黒い蛇が大暴れしていると思ったに違いない。
最後のおはなし 展望車でお茶を-
やすえさんは、たちあがり、窓ガラスをつきぬけて、大空へととびました。
怪談レストラン編集委員会 [1996]『幽霊列車レストラン(怪談レストラン)』p.133
あの世とリンクする幽霊列車レストランの車窓には青空が映し出された。広大な宇宙の一部を思わせるその美しい空に、やすえさんは飛び込んでいった。他のスチュワーデスも彼女と共に亡くなった仲間たちであろう。悲しい中にも美しさが光る話である。
まとめ
幽霊列車に関する話と言うよりは、乗り物全般に関する話が多かった印象だ。
人類の歴史の中で、最高の発明の一つであるのが「車輪」であろう。最初は重い物を運んだり、滑車を使って物を上下に移動させたりしていたが、やがてその発明は、人間を移動させる為の車や汽車を生み出し発展していく。冷静に考えると車や電車というのはすごい物で、1日の間に1000キロを超える移動を可能にした。車に乗ればどこでも好きなところへ移動できるし、電車は正確な時間を刻みながらその営みを続けている。そしてこれらの乗り物が乗り物としての性格、機能を有する為には人間の運転手的側面、乗客的側面の両面からの介入が必要不可欠である。しかしある一定の場合、そこには怪異が介入することがある。乗り物が人を乗せて動く限り、怪異も姿形を変えて我々人間の前に現れ続けるのである。
ところで、僕は幼少期からバスが嫌いだった。理由は「なんかどこか知らない遠いところに連れていかれそうな気がするから」である。
- p14には人間らしいボーイが登場するので、「駅員さん」の当レストランでの役割は正確には不明である。コックである可能性もあるのだろうか。また「最後のおはなし 展望車でお茶を-」には女性のウエイターも登場する。彼らはおそらく人間であると思われるが、なぜこのレストランで働くのであろうか。 ↩︎


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