怪談レストラン⑧ 鏡のうらがわレストラン
怪談レストラン編集委員会・責任編集 松谷みよ子
絵 たかいよしかず
1997年6月20日 第1刷発行
株式会社童心社
怪談レストランシリーズ全50巻あるうちの第8巻目、鏡のうらがわレストラン。
表紙にはピンクのワンピースを着た女の子が鏡に手を当てている。そしてその鏡に映っている女の子は真っ白な仮面を被っていて、明らかに女の子とは別の何かがそこにいる。リボンと肌、ワンピースの色が青っぽくなっていて、生気のなさを感じる。鏡の裏側は、あの世なのだろうか、それとも、女の子の死相を表しているのだろうか。
本作は珍しく、表紙にレストランのメインキャラクターが描かれていない。1
鏡のうらがわレストランのメインキャラクターの名はペルソナくん。当レストランのオーナーは人間の女性であり、彼ではない。彼は雇われの身というわけだ。
彼はチョッキをキチンと着こなし、真っ赤なネクタイを締めトーション片手に、鏡のうらがわレストランを案内してくれる。このレストランには彼以外のスタッフを確認できない。案内、シェフ、ホールなど、様々な仕事を彼一人で賄っているのだろうか。実はスタッフはたくさんいて、全員が同じ仮面を被っていたとしたらそれはそれで怖いが。
あらすじ
ようこそ 幽霊列車レストランへ
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.3
ここはどこだろう、砂漠のような場所で空には金斗雲のようなものが漂い、星を思わせる丸い粒がきらびやかにちりばめられている。アラビアンな壺を想起する建物、表面はつるつるしていそうで窓などもない。屋根にはとんがったアンテナが一本たっていて、電波のようなものを発信・受信している。その建物の周りには、瓶を大きくしたような建物が整然と並んでいる。レストランと言われなければ、それがレストランだとは誰も思うまい。
読者はゲストとなり、当レストランでお料理(お話)をいただくのである。
作品は全13話のオムニバス形式で描かれ、内3話は鏡のうらがわレストランに関する話、内10話は広義のホラーに関する話で構成されている。「鏡」に関する話が多めの印象。p4-5 レストランのメニューを模した目次が非常に面白い。
メニュー
最初のおはなし 鏡のうらがわレストランができたわけ (松谷みよ子)
というわけで、このレストランが開業しましたの。え、鏡はどこだって?
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.16
ま、ふつうの入り口からおはいりくださいまし。
唯一無二のレストランをつくりたいと思っていた女性。ある日ガラス屋の店先で大きな鏡と出会う。その鏡が異世界(あの世)に続くことを知った彼女は、迷わずその鏡を購入し、オープンするレストランに飾った。奇妙奇天烈な動機ではあるが、あの世のものとこの世のもので溢れる騒がしいレストランになりそうだ。
鏡のおはなし 鏡をぬけて… (松谷みよ子)
お客様、どうぞお席に。あの世とこの世の、めずらしいお料理をどうぞ……
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.23
「あらすじ」に記載した不思議なレストランはこの世の「鏡のうらがわレストラン」から入店し、例の鏡を通ることでいけるあの世側に位置するレストランの外観だったのだろう。なんとなくあの世とは荒涼とした砂漠のようなものであるイメージがあるので、あの奇妙な風景に納得した。今までの怪談レストランにないタイプで非常に面白い。
客は、あの世へ入場するときに、バイクに乗って入場するか、グラスを持って徒歩で入場するかという奇妙な選択を迫られるが、バイクを選んでしまうともれなく本当のあの世へ行ってしまうという理不尽な洗礼を受けることになる。
なげきの鏡 (小沢清子)
鏡の中に、首のない、女の人がたっていた。
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.27
当時王妃がギロチンされるシーンの挿絵が怖かった記憶がある。その双眸からは筋違いの極刑におけるヘンリー八世に対する強い恨みを感じる。この作品が実話かフィクションかはわからないが、こういうことが、平然と行われた時代があったのであろう。哀しい時代である。
カレイドスコープ (岡野久美子)
達也へ
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.41
元気ですか?このあいだ、すごいことがあったんだ。
「カレイドスコープ」という聞きなれない言葉がでてきた。調べてみると万華鏡のことらしいのだが、本作に登場するそれは普通の万華鏡と少し違うらしい。覗くとたくさんの写真が見えるらしい。
達也と悟の二人をカレイドスコープが繋いだということだが、二人の美しい友情の話だ。ちなみにp39の挿絵には「お化けギャルソン」っぽいのが見えるのは偶然だろうか笑
ふしぎな鏡 (高津美保子)
ああ、約束さえまもっていれば…
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.55
過去、現在、未来を映す不思議な鏡、主人と木こりが一緒にその鏡を見た時には、すでに木こりの不幸な未来が決まっていたのかもしれない。人間というのは欲深い生き物で、満たされることは永遠にないのであろう。
彫刻の庭 (剣持弘子)
中にはいってみようか
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.57
鏡のうらがわレストランのように、鏡は空間と空間の境目を表現している場合がある。鏡に写りこんだ反転している景色が、鏡の向こう側にももう一つの世界があることを彷彿とさせるからであろう。本作は家の門がそのような境界になっていたという話である。そこを跨いだことにより、二人は、この世ではない世界に足を踏み入れてしまったのだ。
あわせ鏡 (望月新三郎)
もうすぐ十二時だわ。千代子、電気をけしてみて
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.74
「スペード」というニックネームが何とも不自然だった。しかも主人公は千代子であり、和と洋の衝突を起こしているせいで本編がなかなか頭に入らなった笑
話自体は合わせ鏡に死相が映るという典型的なものだ。
鏡にうつった校長先生 (宮川ひろ)
げんかんの鏡ははずされました。ちかくの寺にはこんで供養してもらって、鏡はいまもおさめられたままです。
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.85
鏡に映った校長先生に抱かれた水着姿の女の子は誰か。p81の挿絵の遺影に写る女のことも違う気がするし、具体的に誰と明記もされていない。泣いているところをみると、生徒を死なせてしまったのが強い後悔として校長先生の心に突き刺さっていたのだろう。
また、もし死んだ生徒と同一人物であると仮定するならば、自分があの世に行く際に、プールに縛られた生徒の魂を抱いて一緒に成仏したことを示唆しているのであろうか。
死んだおぼえはない! (望月正子)
おにいちゃんっ、おにいちゃんたら!
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.97
何とも不思議な話である。鏡に身体が吸い込まれてあの世に行くというところまではわかるが、その一瞬に時間の経過も見られる。おそらく鏡に吸い込まれたのは「ぼく」の魂であったと推測できる。現実世界の魂が抜けた「ぼく」は正に死んだのだろう。その後妹が部屋で倒れている「ぼく」を見つけ大騒ぎとなる。魂だけになった「ぼく」は部屋で死んでいる「ぼく」を見た。そして力いっぱい叫んだ瞬間に魂が肉体に戻り、蘇生したのだと考えられる。
妹の持っていた手鏡はさしずめ人間の命を奪う魔女の手鏡といったところか。
うつっていたのは (常光徹)
さっき、鏡のまえにたったとき、ベッドの下に、ナイフをもった男がうつっていたの
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.104
アメリカ発祥と言われている有名なヒトコワ都市伝説。日本においても様々なパターンを見てきた。どの話にも共通するのが、ベッドの下に(凶器をもった)男が潜んでいるのを鏡越しに発見すること。そしてそれに気づいた人間が、気づいていない人間を様々な口実で半ば強引に室外へ連れ出すことが挙げられる。この話が怖いのは、その事象に気づいていない人間視点で物語が進行する点にある。ベッドの下に隠れる男に悟られないように、気づいた人間は気づいていない人間を部屋から連れ出すが、その方法が不自然であればあるほど、ラストのベッドの下に男がいたのを鏡越しに見たというオチが光るものである。
まさに「知らぬが仏」な話なのである。二重の意味で。
水の精のおくりもの (八百板洋子)
このまま、あなたをかえしてあげましょう。
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.110
水の精がうっとりするほどミハイルはイケメンだったのだろう。
彼が陸地にもどるときに渡されたガラス玉には、ミハイルと水の精が楽しく過ごした何年もの月日が詰まっていたのだ。
デザート メアリーのお気に入りの鏡 (岩倉千春)
全員おそろいのようですね。それでは本日の会議をはじめましょう。
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.124
鏡を見つめると兔になってしまう不思議な話。兔たちが会議をする様は何ともかわいらしい。そしてこの夫婦が思い切り運動をしたい日は、兔に変身して野原を駆け回るというラストは奇妙で好きである。
見開きでペルソナ君にこの夫婦が襲われて、夫の方が串刺しにされているのは当時子供ながらに驚いた。衝撃的なシーンである。
最後のおはなし 行ってしまった女の子 (水谷章三)
行ってきまーす
怪談レストラン編集委員会 [1997]『鏡のうらがわレストラン(怪談レストラン)』p.137
小学校や中学校の階段の踊り場には、なぜ大きな鏡があるんだろう。踊り場から見る上階と下階の景色は、どこか怖かった。また、鏡ではなくて絵画のレプリカがかざってある箇所もあった。「モナリザ」や「落穂拾い」など、夕陽が映えると不気味であった。
本作の女の子はどこに行ってしまったのだろうか。それはもはや、誰も知る由はない。
まとめ
鏡の裏に薄く塗られた銀に反射した光は、我々の視覚に物体や景色を認識させる。そんな当たり前の仕組みすら忘れてしまうほどに、その鏡像は異世界の存在を仄めかしてくる。その証拠に「鏡」に関する怖い話はたくさんあるだろう。異世界に通ずるもの、予想外の像が映るもの、見えている己自身に何か異変が生ずるもの、その形態は様々である。
映画「学校の怪談3」の舞台は鏡の中の反転した世界であったと記憶している。子供たちが次々鏡の中に吸い込まれ、そこにはのっぺらぼうや、人面犬?などの怪異で溢れていた。鏡像は反転しているので我々が見ている世界とは全く違うはずなのに、ぱっと見は同じ世界であるというところに、日常浸食的恐怖が潜んでいると言える。
怖い話や映画を見た後に、鏡を見ながらドライヤーをしたり歯磨きをするとき、何とも言えない恐怖に苛まれることがある。そりゃあ僕もいい大人なので、そんなことはわかっちゃいるけど、わかっちゃいるけど、鏡の端に何かおかしなものが映っていないか不安になるのである。
- 裏表紙を見てもわかるように、鏡の中に映った怪異はペルソナくんではない。 ↩︎


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