【書評】深淵のテレパス

深淵のテレパス
上條一輝
2024年8月9日 初版
株式会社東京創元社

今年になって、最近のホラー作品をあまり読めていないなぁと感じた。「ウラメシノハコ」を立ち上げてから、書架に眠っているホラー作品をがむしゃらに再読しては書評を書いてブログにアップしていたからだ。おまけに引っ越し、転職などのイベントにより、暮らしぶりは様変わりした。そんなことから、昔の作品ばかりではなく、新しい今どきの作品も読んでいこうと思ったのだ。そこで手にしたのが本作「深淵のテレパス」である。「ベストホラー2024年」と言う文字がその帯に大々的に印字されていたのが、書店で目にとまったのだ。いざ読んでみるとわくわくが止まらず、最後まで一気に読んでしまった。ホラーとしての怖さももちろんだが、ミステリー小説としての要素もふんだんに盛り込まれていて、楽しめた。きっとこの作品は映画化してもとても面白い作品であるだろう。

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目次

あらすじ

変な怪談を聞きに行きませんか?

上條一輝 [2024] 『深淵のテレパス』 p.3

高山カレンはPR会社で営業部長をしている。ある日部署の後輩の誘いでその後輩の大学生である弟が所属するオカルト研究会の怪談会を共に見に行くことになった。怪談会にて学生各々が自慢の怪談を披露する中、変わった女学生の、変わった怪談を聞いてしまう。その日以降、カレンの家では「ばしゃり」という奇妙な音が鳴り響くようになり、ノイローゼ気味になってしまった彼女は後輩から教えてもらった心霊調査系ユーチューバー「あしや超常現象調査」チャンネルにコンタクトをとることにした。

書評

…あなたに伝えておきます。それが、私にできる唯一のことだからです。

光を、絶やさないでください。

上條一輝 [2024] 『深淵のテレパス』 p.11

まず言えるのは、登場人物が皆魅力的であるということであろう。「あしや超常現象調査」の顔である長身で太陽のような晴子、びびりで引っ込み思案だが、冷静な思考の持ち主である越野やその仲間たちであるエスパー犬井、アングラ探偵の倉元、「変な怪談」の話者である桐山。どのキャラクターも個性が光っており、それぞれの掛け合いが物語に推進力を与えることで、頁をめくる手は止まらなくなる。

「あしや超常現象調査」の活動内容は広義の心霊現象に対する現地調査、その一部始終を動画にまとめ、ユーチューブにupするというものである。その調査方法は泥臭く、定点カメラや長時間録音するためのハンディレコーダー、温度変化を記録するためのサーモルカメラや電磁波測定器など、現象が起きた時の様子をなるべく科学的な数値をもって記録するというようなものである。そして現象を記録した後はそのデータを専門の機関に送り調査依頼をして、科学的なアンサーをもらった上で、解決策を考えるのだ。物語冒頭でカレンが再生した「天井裏の物音・後編」では天井のノック音の解決策として、ポリウレタンの防音マットを屋根裏にびっしり敷き詰めるわけが、非常に現実的かつ効果的で興味深かった。それ自体は心霊現象の根本的な解決になってはいないが、実際に相談者は満足している為、晴子が言う「超常現象は、しょぼい」と言うセリフには説得力がある。このことは「科学的な記録」として巷に残っている心霊現象の記録を見ても、一目瞭然である。怖い「幽霊」も強い「妖怪」も映像として残っていない以上認識できず、「ラップ音」や「オーブ」「声」を見させられたところで、それは絵的に貧弱なのである。

今作における怪異の元凶は戦時中、光の届かない暗く湿った地下空間で呪詛、テレパシーや透視能力など超自然的な実験を強いられていた人間の一人である田村義一であった。死後彼の怨念が地下空間に宿り、彼の所有物を通じて鹿山兼明並びにたくさんの人間に乗り移り、それを起因として彼らは地底湖に身を投げたのだ。地底湖にそびえる鳥居はあの世とこの世の境界的な役割を果たしているのだろうが、今作においては地底湖で命を落とした彼らの魂はいつまでも地下に縛り付けられていると考えられる。なぜなら、石村をはじめとする7名が体験した怪奇現象と、桐山楓が話した怪談をみるに、田村義一自身はまだ成仏できていないとみることができるからである。地底湖のどろっとした緑は水流の停滞と混同を表しているのだろう。僕は、迫りくる田村義一の怨念よりも、たくさんの人間が命を落とした真っ暗な地下の、真っ暗で淀んだ地底湖にたった一人で訪れて入水する人間の方が、そのシーン自体の方が圧倒的に怖かった。

そしてやはり印象的だったのは桐山楓が話す怪談である。この怪談を起点として登場人物が様々な考察、推理をしながら物語は進むのだが、その過程で我々読者に知らされる奇妙な符合や発見は、恐怖をじわじわと掻き立てる。本作を読み終わった後で、もう一度この怪談を読み直すと、中々に怖い。やはり田村義一は今もあの真っ暗な地底湖の底に眠っているのだ。真っ暗な、地底湖で。

まとめ

我々人間は暗闇が苦手なのだなと心から思うときがある。僕の実家は東京近郊の片田舎で、山や川などに囲まれた自然豊かな場所である。その実家の周辺は、夜20時にもなると真っ暗になり、人通りも車通りもがくっとなくなる。そんなところをコンビニに向かって歩いていると、大人ながらにとても心細くなり、怖くなる時があるのだ。それは、都会の明るさに慣れてしまったがゆえに感じる恐怖というよりは、人間の根源的な恐怖であると感じた。高校生の頃、日が落ちたあとで近所の山に入ったことがある。理由はよく覚えていないが、散歩がしたかったのだと思う。秋口の肌寒い季節だった。懐中電灯を持たずに入山したのを後悔するくらい、本当に真っ暗だった。局所的に天井を覆う木々がなくなる箇所は月の光が照らしてくれていたが、それがやけに明るかったので、逆に変な風に感じたものだ。それでも構わず進んでいると、段々自分自身が周りの闇に飲まれていってるような、闇が身体にへばりついているような、奇妙な感覚に陥った。僕は途中で耐えきれなくなって、踵を返して下山した。ほかにも、例えば数人で茶の間でワイワイ飲み会などをやっていて、途中で自分だけその場で寝てしまったとする。やがて宴会が終われば茶の間の電気を切って、場の人間達は解散する。そのあとでパッと目が覚めた時に、部屋が真っ暗だととてつもない不安感に襲われるようなことはあるまいか。僕は、かなりある(どや顔)。


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