学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊
日本民話の会 学校の怪談編集委員会
絵 前嶋昭人
1991年8月 第1刷©︎
株式会社ポプラ社
ついにこの作品群の書評を書く時がやって参りました。僕らの世代はだれしも一回は読んだこと、もしくは見たことがあるのではないでしょうか。小学校の図書館には必ず置いてあったことでしょう。全国の小学生を恐怖のどん底に突き落とした名作中の名作。ポプラ社の「学校の怪談シリーズ」。
僕が初めてこのシリーズと出会ったのは忘れもしない、小学2年の8歳になる誕生日の夜であった。親戚のみんなが僕の実家に来てくれて、いわゆる誕生日パーティーを開いてくれた。そんな中、叔母が僕にくれた誕生日プレゼント、それが「学校の怪談⑮ 夜の理科室でわらうガイコツ」だったのだ。その当時から怖い絵本が大好きであった僕は、すぐにその頁をめくった。そして「ケンムン」と邂逅を果たしたところで僕は静かに本を閉じた。なんだろうこの絵の迫力は…普段読んでいる怖い本1と全然違うぞ…なんか…生々しいぞ…。僕は天を仰ぎ、これから自室で一人で寝なければならないのかと絶望に打ちひしがれて、まさかの涙のバースデーとなったわけである。しかしそこで諦める僕ではなかったのだ。後日小学校の図書館でこのシリーズを見つけ、まるで自分の弱き心を鍛えるように、怖い絵やお話にはやく慣れるように、学校の怪談読書訓練を始めたのである。そして血と汗と涙を超えて、僕はついにシリーズ全巻を読破したのだ。そのあとはと言うと、怖い挿絵にある程度慣れたので、親に頼んで学校の怪談シリーズ収集を開始する始末だ。つまり、学校の怪談シリーズは僕がホラー読者として一皮むかせていただいた思い出深い作品であったのだ。
本作は全19冊(通常巻15巻+学校の怪談スペシャル3巻+学校の怪談大辞典1巻)ある学校の怪談シリーズの内の一冊であり、全12話のオムニバス形式で描かれそのほとんどは「先生」に関する話で構成されている。先生が怪異の被害に遭う作品、先生自身が怪異になる作品など、かなりスコープが絞ってあると感じた。
書評
先生の幽霊
あれ、先生、白いかべのあそこ。黒くなってるよ。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.7
何回塗り替えても、その黒いシミは浮かび上がってくる。このシミは「先生に似ている」と明言されるに留まるが、この話のタイトルが「先生の『幽霊』」となっている為、そういうことなのだろう。30年以上も前に死亡し、当時の木造校舎を取り壊して、鉄筋校舎として生まれ変わったにも関わらず、その教室にシミとなって現れるというのは、それほど彼女の想いが強かったということを示唆しているのか。その想いが「負」のそれではないことを祈ろう。
クチャクチャ ハフハフ
わたしより前の、その前の用務員だつたそうですが、その人が用務員室のかたすみで、急死したんですね。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.25
なかなかセンスの良いタイトルである。「ハフハフ」と聞くと、熱い何かを冷ます音のように思えるが、その食べているものが「トマト」であり、それを知ったとたんに、なんとも言えない恐怖が背筋をはしる。戦時中の食糧難でトマトに思い入れがあるとは如何なるものか、非常に気になるところである。なお少し調べると、戦時中はナスやトマトの栽培が奨励されていた模様である。
死の知らせ
いいかい、こまったことや、つらいことがあったら、なんでも相談にこいよ。数学のようにさ、たしたりひいたりしているうちになんとかこたえがでるものさ。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.33-34
この手の「虫の知らせ」系の話は学校の怪談において有名である。
れい子はなぜ最後に先生の前に姿を現したのだろうか。先生に感謝を伝えたかったのではなかろうか。なんとも哀しい話であるが、先生の名言が今でも心に刺さっている。
カラカラカラ
でも、幽霊にであったなんて、先生がはじめてですよ。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.47
病室で最後に先輩の男の先生が放ったセリフはどういう意味なのだろう。古井戸の滑車の怪談は有名ではあるが、実際にそれに遭遇したのが、先生が初めてであったということだろうか。それにしても、なぜこの先生の前に怪異は姿を現したのか不明である。
この先生はすぐにでも教室で生徒たちにこの話を武勇伝として語った方がいい、そうすれば、子供たちのヒーローになること間違いなしだ。
先生にあいにくる幽霊
昭和のはじめごろのことです。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.48
長野県M市にある高等学校に、たいへんな事件がおきました。
表題作である。
この話におけるポイントは三つある。一つ目は山田と言う生徒が「山で毒を飲み、手首を切って自殺」するという生々しい描写である。今の時代にこれほどストレートな表現をする児童書はないように思える(ちゃんと調べてはいない)。出版が90年代であり、時代背景が昭和初期であることに起因すると思われるが、こういう生々しい表現は好きである。そして、山田が服用した毒はどんなで、どうやって入手したのか気になる所ではある。二つ目は山田が自殺した理由についてである。家族にも友人にも心当たりがないという点、自殺する数日前から学校を休んでいるという点がひっかかる。その休んでいる間に家族は山田とコミュニケーションをとれなかったのだろうか。三つ目は死後山田が霊となって「河上先生」を訪ねる理由である。しかも山田が彼の前に現れるのは決まって「学校」においてである。そして、山田はじとっと先生を見つめるだけで、なにもしゃべらない点についても不可解であると言える。これらには何か深い理由があるのだろうか。
一番になりたい
けれども、そのまま、きゅうに冷えこんだ十一月のある朝、内田は死にました。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.64
命を削ってまで、勉強にいそしんだ内田は、自らの身体の弱さがいやでいやでしかたなかったのだろう。不憫な話ではあるが、名前を血のようなもので塗りつぶされた学年一位の子も非常に気の毒だ。かわいそうに。トラウマになってしまったに違いない。「ナンバーワンではなくオンリーワン」という歌があるが、年々その通りだという思いが強くなっていく。僕はもうぴっちぴちではないが、唯一無二を目指したいと思う。
たましいの知らせ
子どものすきな、いい先生でしたもの。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.75
虫の知らせ系の話である。
数人の子供たちが、下村先生の亡くなった時間に、そろって何かを感じたのだ。本当にこの手の話は、怖いというよりかは哀しい、目頭の熱くなる話である。こういうホンワカ系もなかなかいいものだ。
まっ赤なハイヒール
まっ赤なハイヒール、みおぼえのあるくつ、まり子のハイヒールだ。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.80
まり子に悪意がないことはとてもわかる…痛いほどわかるのだが、ハイヒールこつこつは怖すぎやろ!っていう話だ。ここまで鮮明に怪異を成してしまうと、あるはずもない「悪意」を邪推して怖くなってしまう。
トイレに消えた先生
ああ、夕べは、おそくまでしらべものをしていましてね。朝ねぼうしたんですよ。それでお便所にいくひまがありませんでした、はい。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.94
かなり謎が深い話だ。山上先生が言い訳に使う「朝、トイレに行く暇がない」というセリフは何を表すのだろうか。
そこで、以下のような仮説を立てた。
山上先生は何らかの理由があって自宅のトイレを使うことができない。それはきっと自宅のトイレに「自害したお姫さまの霊」がでるからではないだろうか。彼は帰宅後は、小は外で立ちしょん、大は我慢して翌日以降家以外(学校など)のトイレでしていたのではなかろうか。しかし例の遠足で催した彼はトイレに入って、そこでお姫さまの霊に襲われる。「自宅以外のトイレで襲われる」のは初めてであった。何とか逃げ出した彼だったが、この件は彼に降りかかったお姫さまの呪いが以前にも増して強くなっていることを示唆する。そして、最後の日、学校のトイレに現れたお姫さまに憑りつかれ、あの世へ連れさられる。彼が最後まで周りに助けを求めなかったのは、お姫さまと何か契約をしてしまったか、脅迫をされていたか、はたまた彼女に恋をしていたからか。
我ながらなかなかバカげた妄想ではあるが、こういうことをねちねち考えるのは非常に面白いものだ。
ねっしんな校長先生
わが校の名誉のため、がんばってくれよ。むかし、わたしがオリンピックにでたとき…。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.107
「こんばんは」じゃないわ!とつっこみを入れたくなったが、それはおいといて、やはり幽霊というのは、生前の想いを強く残しているものであればあるほど、現れやすいということが言えるのだろう。
卒業式にでたたましい
死んだものに、証書なんぞ必要ないだろう。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.110
そもそもが「幽霊」に卒業証書を出すという目的ではなかっただろうに、サトルの幽霊よりも何よりも校長先生の冷たいセリフに心が痛くなる話だ。残されたお母さんや担任の先生の記憶の中のサトルが成仏することはないだろう。
四日になると灯がともる
先生はさ、いつ兵隊にとられてもしかたがないっておもってたんだね。あしたの予定をいえるのが、うれしかったのよ。
日本民話の会 学校の怪談編集委員会 [1991]『学校の怪談① 先生にあいにくる幽霊』 p.125
最後の最後で涙がちょちょぎれる。右とか左とか関係なく、彼らが命を賭して守った未来を僕は生きているのだ。
日曜の夜に憂鬱になっている場合じゃないと、本気で思った。
まとめ
それにしても「宿直制度」は当時の先生たちにとって中々怖いイベントであったに違いない。ただ学校の宿直室に泊まればいいだけではなくて、何回も見回りをしなければならないからだ。この見回りをさぼった先生はたくさんいたと、僕は予想している。おそらく非常灯も誘導灯もない、真っ暗な長い廊下を、懐中電灯片手に歩くのだから、さすがに気が引ける。その突き当りに何かいたらどうなってしまうのだろうか。そして廊下の片側には教室があり、木造の窓枠に埋め込まれたガラスを通してみるそこは、まさに異世界さながらの奇妙な様相を呈していたことだろう。
また、僕の父が言っていたのだが、昔の学校には用務員さんが住んでいたらしい。これは今考えるとびっくり仰天なことなのだが、よくよく考えると本作でもちらほら宿直の先生と用務員さんのシーンが出てくる。学校の怪談は口承文学の最たるものであるが、時間が経てば経つほど、本作のような話は語られる機会がなくなっていって、忘れ去られていくのだろうと考えると、少し寂しいものがある。
- 当時は岩崎書店の「日本のおばけ話・わらい話」シリーズより「ドキッとこわいおばけの話」とか「ガタガタふるえるゆうれい話」「ブルッとこわいおばけの話」などの甘口怖い絵本がスタメンであった為、小学2年生の僕には「学校の怪談シリーズ」は少々刺激が強すぎた。 ↩︎


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