お初の繭
一路晃司
2012年9月25日 初版発行1
角川書店(角川ホラー文庫)
僕は前職において、正絹を仕入れて、ドレスを作って売るという商売をしたことがある。その過程で様々な正絹生地に出会ったが、その短い生地巾でどのように柄合わせをするのか、服になったあとにおけるメンテナンス方法、サイズ展開の不可能さ等々、正絹がもつしなやかで美しい外見とはうらはらに、その扱いの難しさに苦悩したのは良い思い出である。
絹の原料は、誰もが知っているであろう「蚕」が吐く糸であるが、彼らは製糸業における煮繭という工程で繭共々煮殺される。そんなある種の「暗さ」がこの物語の下支えとなっているのではなかろうか。
読者が最初に感じた違和感はやがて最悪の形で具現化し、物語は幕を閉じる。
第17回日本ホラー小説大賞大賞受賞作品。
あらすじ
村のお地蔵様お願えがござる
一路晃司 [2012] 『お初の繭』 p.305
おらたち工女を守ってござい
御利益あったら甘酒しんじょ
おっ死んで甘酒あげれぬ時は
人着ぬ紬で温もってもらう
ある製糸工場に意気揚々と就職したお初一行であったが、この「村からの集団就職」という名目の裏には凄惨で邪な大人たちの目論見があった。
入場した彼女たちを待ち構えていたのは「健康診断」という名の選別であった。彼女たちが日々感じる小さな違和感や疑惑はやがて取返しのつかない結末を招くことになる。
書評
心の中で歌を口ずさみながら、お初は、唐突に、この歌に隠された真実を悟りました。
一路晃司 [2012] 『お初の繭』 p.305
ですます調で語り掛けるように紡がれる本作は、さしづめ、暗黒御伽噺といったところか。文章は三人称視点で記述されているが、お初たちの目線で描かれる為、彼女たちが感じる違和感を読者もリアルに感じることができる。そしてそのリアルな世界に「フルチンスキー」という外国人が突然現れた時には思わず吹き出してしまった。この「フルチンスキー」という名前の真偽性、ばなな飴のくだりなどが物語をよりおどろおどろしく歪めていると言える。
蚕の吐く糸はフェブロインとセリシンという二種類のたんぱく質で構成されているらしい。その事実は人絹袖の原材料が人であるという物語の恐怖要素の竜骨ともいうべきか。その極度に濃縮されたたんぱく質が、絹に妖艶な美しさをもたらすと思うと、なかなか不気味なものである。
そして、宿主になれなかったお清たちが食べる煮繭された蛹は、最悪の味がしたことだろう。人肉を喰いつぶし成長した蚕を再び人間に還元させることで、お初たちを最後の最後まで有効に活用している点、ホラー作品としてセンスが良い。
最後に、お初たちの生まれた村「無間之国産子村」と、瓜生製糸会社の本拠地がある村「果口之国蚕喜村」について触れておく。前者は「絶え間なく子供の生まれる村」後者は「蚕が歓喜し破滅を呼ぶ村」と言ったところか。これは二つの村の関係性は、その誕生の時から決まっているという事を示唆しているのではないだろうか。
まとめ
蚕の幼虫の、足もとから胸にかけて、足がなくなる部分、あそこってなんかかわいいですよね。アソビの部分というか、背筋筋トレしてるように胸を浮かしているところ。
- 初出は「お初の繭」(角川書店) 2010年10月31日 初版発行 ↩︎


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