【書評】暗鬼

暗鬼
乃南アサ
1993年12月10日 初版発行
角川書店(角川文庫)

この作品は僕が大学生のころ、ホラー小説のまとめサイトで見つけたものだ。
幽霊がでたり、血液が迸ったりする作品とは一線を画していた。単純なヒトコワ作品では味わえないような深い悪心を抱いた。文章も巧く、法子の抱えるもどかしさのようなものが痛いほどわかった。そしてその元凶である志藤家が嫌で嫌で仕方なくなった。
物語のラストでは、「狂ったユートピア」を描いていると感じた。結婚して相手の家族と同棲を始めるすべての人たちに読んでいただきたい作品である。

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目次

あらすじ

そして四月、法子は和人と結婚した。意外なことに、和人の方には他の親戚は全くいないのだそうで、結婚式に集まった親類縁者は法子の家の方ばかりだった。

乃南アサ [1993] 『暗鬼』 p.26

大家族である志藤家に嫁いだ法子。最初はどうなることかと思ったが、彼らの優しい態度にその心配は氷解した。
のもつかのま、彼女は夜中に執り行われる怪しい家族会議を目撃してしまう。
彼女の心に暗鬼が生まれる。

書評

僕たちはここで、もっともっと、もっともっと話し合うんだよ

乃南アサ [1993] 『暗鬼』 p.196

小さいころから慣れ親しんだ家族・親族、友達、でさえも信頼と信用関係を保つことは難しいのかもしれない。にもかかわらず知り合って数ヶ月そこらの人間との間にそれを育むのはよりその難易度を上げていると思う。そしてある意味スピード嫁入りというのは全財産と人生を賭けた壮大なギャンブルに近いのではないか。この場合の得られるものは幸せという名の金銭や景品であろう。

タイトルである「暗鬼」。それは妄想によって引き起こされる恐怖心と言ったような意味があるそうだ。法子が「志藤家」に嫁ぐという設定はその舞台としてうってつけと言える。まだ和人とも満足に間主観的な世界を構築できていないにもかかわらず、その家族が犇めいている実家に一人乗り込み、寝食を共にするというのは考えただけでもややこしい。しかしそれでも、和人やその家族が本当に「良い人」たちであれば、法子は幸せをつかむことができるであろう。ただし、彼らと彼らを取り巻く環境は彼女がその確信を持つことを許さないのだ。

この物語の最大の恐怖ポイントとして、志藤家の人々が法子の中の「暗鬼」を徹底的に殺してしまう点にある。徹底的な監視、疲弊による思考力の奪取、幻影を惹き起こすハーブ、飴と鞭…家族による種々様々な介入によって、法子から「妄想」をする気力すら奪ってしまう。妄想することもなければ、暗鬼が生じることもないのだ。
暗鬼とは、忌むべきものではなく、その主を災難から守ってくれる大切な存在のように感じた。

「皆によく似た、私の赤ちゃん」
この一文に非常な嫌悪感と不快感をおぼえた。それはこの物語をホラーたらしめるエッセンスであることは間違いないのだが、この一文に健晴や綾乃のこと、岩井家の心中のこと、消えた知美の彼氏、エイのセリフ、それらの真意が詰まっているような気がした。

まとめ

僕の父は婿養子だ。
父は母と結婚した時、苗字を変えて母の家で、母の両親と一緒に暮らし始めた。以後30年ほど、紆余曲折ありつつもその人生を歩んできた。

今でこそ「夫婦」といえばそれぞれの実家を出て、2人で核家族を形成することは当たり前なのかもしれないが、以前はそうではなかった。ほとんどの場合は妻が夫の実家に嫁いだことだろう。そこにはたくさんの幸せと問題が混在しているのではなかろうか。
つまりは何が言いたいかというと、どんな家族の形をとる場合であっても、みんなで仲良くしていたいということだ。
至極当たり前で捻りもなくつまらない結論ではあるが、それは人類普遍の願いに違いない。


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