【書評】ぼっけえ、きょうてえ

ぼっけえ、きょうてえ
岩井志麻子
2002年7月10日1 初版発行
角川ホラー文庫

「ぼっけえ、きょうてえ」その独特なタイトルに惹かれた。
そしてその言葉が「とても、怖い」という意味であることを知って、何やらこの小説はすごいぞ、と思って読んだのを覚えている。
とても怖いものとは何だろう。子供の頃、僕はお化けが怖かったり、学校の先生が怖かったり、夕暮れ時の自宅の二階が怖かったりと、怖いものがたくさんの小学生だった。しかも当時僕はめちゃくちゃ怖がりで、夜中一人でトイレに行けずに布団の中でよく膀胱をパンパンにしていた。漏らすわけにもいかないので、勇気を出してトイレに向かう僕を廊下の静けさが襲った。そしてトイレの水を流す音がその静けさを破り、僕の心をきゅっとつかむのである。部屋に戻ると僕の布団に誰かが寝てたらどうしようという新たな心配を胸に、地獄堂霊界通信で学んだ「なうまくさまんだばざらだんかん」という呪文を唱えながら自室に向かうのである。
そして今、十分すぎるほどに僕は大人になったわけだが、今でももちろんお化けは怖い。ホラー作品を堪能した後のトイレは少しドキドキするし、暗闇は怖い。いい歳こいても、怖いものは怖いのである。
今作は表題作「ぼっけえ、きょうてえ」のほか「密告函」「あまぞわい」「依って件の如し」を収録している。書評としては「ぼっけえ、きょうてえ」のみ記述しようと思う。
第6回日本ホラー小説大賞大賞受賞作品。

目次

あらすじ

…きょうてえ夢を見る?

岩井志麻子 [2002] 『ぼっけえ、きょうてえ』 p.7

飢饉の影響で生まれた赤子が日常的に間引かれる暗い時代の話。
ある遊女とその客の会話、といっても、物語は遊女の語りのみで紡がれていく。遊女の壮絶な半生と、悍ましいラストに、我々読者は戦慄する。

書評

「ぼっけえ、きょうてえ」とは、岡山地方の方言で、「とても、怖い」の意。

岩井志麻子 [2002] 『ぼっけえ、きょうてえ』 p.6

本作における「ぼっけえ、きょうてえ」が修飾する主語はどんなものだろうか。何がとても怖いのか、それは遊女の話、ひいては遊女自身を指すと考えられる。彼女の顔に宿る血の繋がった自我をもつ人面瘡は、彼女とコミュニケーションをとることができる。気に入らないことがあると、遊女の頭に噛みつくほどにアクティブである。
遊女が語るエピソードは暗ったさと悍ましさで溢れている。実の母に間引かれ、姉と共に川に投げ捨てられたところ、ほかの水子の死体をしゃぶり生きながらえたという壮絶な人生のスタートを切った彼女は、血なまぐさい波乱万丈な人生を送る。その十分に怖い物語に怯えている旦那に「人面瘡」が追い打ちをかける。今まで遊女が行ってきた凶行の動機は人面瘡である姉の教唆であることが判明する。しかも、日常的に父に身体を強要される遊女に対して、姉が「私もオカイチョーしたいのにできない」と嫉妬をし、そのあてつけに遊女に対して父殺しの教唆をするという図式は恐怖そのものである。
この作品は、嘘か真か、岡山県の閉鎖的な村の残酷な習俗をベースとして、そこに生まれた一人の遊女の半生描くものであるが、そこにさらなるホラー要素を追加しようと「人面瘡」を登場させている。このチョイスが非常に良く、全ての要素が入混り、作品自体が独特で驚異的な雰囲気を醸し出している。その人面瘡は紛れもなく共に間引かれた実の姉であり、人面瘡として彼女と一体になることで、血なまぐささが強調される。かつ意思をもったことにより彼女と脳みそが一部共有され、彼女の生まれながらに持ち合わせている狂気にプラスして、人面瘡という怪異としての狂気がうまく混ざり合っている。ただでさえ怖いヒトコワエピソードにホラー味が追加され、その怖さに拍車がかかる。なお、現在人面瘡は顔にのみ表出しているが、今後彼女の身体全体をじわじわ蝕んでいくことが予想される。きっと遊女が孕まないのは、彼女の身体に対して姉が何かをしているからであると想像すると怖い。
人面瘡とするキスの味はどんなものだろうか。きっとそれは転んで擦りむき、血と砂が混じる傷口にするそれに近しいものがあるに違いない。いずれにしても旦那は、この一体となった姉妹と幸せな未来は築けそうにない。彼女らの嫉妬は怖いもので、どちらかに入れ込んだら最後、凄惨な闇に落ちること間違いない。

まとめ

「怖い」からこそ、ホラー作品は面白い。それは舌を傷つけヒリヒリという痛みに耐えてまで、辛い食べ物を食すことに少し似ているのかもしれない。無論、辛い食べ物は辛いだけでは人々に愛されない。辛さだけを追求して、ハバネロトウガラシを百個使ったところで、ほかの食材に一切こだわらず、塩味や酸味、旨味などを一切加えなかったとしたら、その料理は美味しくない。なればこそ料理人は一番主張したい「辛さ」を際立たせるためにそれ以外に対してもこだわるのである。「ぼっけえ、きょうてえ」は「怖さ」を追求した作品であることは間違いない。タイトルや遊女の語り口、時代背景、そのすべての要素が「怖い」を際立たせ、絶品に仕上がっている。

それにしても、僕は辛い食べ物が苦手である。どれくらいのレベル感かというと、蒙古タンメン中本の蒙古タンメンが限界レベルである。それ以上辛いものを食べると、翌日うんちをするときに肛門がヒリヒリ地獄に落ちるわけである。
食事中の人がいたらすみません。。。


  1. 初出は角川書店より「ぼっけえ、きょうてえ」1999年10月30日 初版発行 ↩︎
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