【書評】恐之本 壱 -高港基資ホラー傑作選集

恐之本 壱 -高港基資ホラー傑作選集
高港基資
2012年8月20日 初版発行
株式会社少年画報社

何か面白いホラー漫画はないかと、当時流行っていたまとめサイトでサーフィンしていたときのことだったと思う。この本の存在を知った。作者についても初めて聞く名前であった。オムニバス形式のホラー漫画ね~といつもの軽い気持ちで購入して読んでみたら、これが怖いのなんの笑、とても面白かった。怪異やヒトコワ、そのスコープはかなり広くも、都市伝説系の話(及びその派生)が多めの作品集となっている。

目次

書評

先住者

頼むううううう

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.28

「騙されて割腹自殺の際に介錯してもらえなかった」理由とはなんだろうか。霊の服装からして、彼は近代を生きた人間であると分かる。そのため、所謂昔の切腹とはすこし状況が違うようだ。介錯人が彼に対して恨みをもっているとするならば、こんな回りくどい方法はとらないように思われる。「騙されて」の部分が謎を孕んでいると言える。
それにしても、彼が憑りついている和室の入り口を閉じたとて、それは根本的な解決になっておらず、その壁の向こうにはぽっかりと開いた真っ暗な空間があって、彼は今でもそこにいるわけだから、落ち着かない話だ。

閉ざされた窓

P.S. 今夜は燃えるぜっ
all night long!!

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.46

主人公である「ゲン」と言う名前は「はだしのゲン」からとったのだろうか。
部屋の窓が意味深に壁で塞がれていて、窓から幽霊が侵入してきて、写真を撮れば窓に幽霊が映っていて、窓から見える小学校に、あるはずのない木造校舎が見えて…といったように、怪異は常に「窓」を通して、顕現するという事が言える。そしてここまではありそうな話であるが、たくさんの子供の霊がゲンの部屋に押し掛けた次の瞬間、彼は空襲真っ只中のあの木造校舎に時代も場所も超えて瞬間移動してしまうラストシーンは、とても新鮮であった。

墜落

一体あのビデオにはなにが映ってたんだろう

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.74

自殺者の視点を撮るためにカラーコーンの先端にビデオカメラを取り付け、カラーコーンの根元にロープを括り付けて崖から落とす。そんな風にして撮られた映像に何が映っていたか、本編では結局描かれなかったが、その映像が原因で今井が呪われたのは明白だ。彼自身が死んでしまう直前まで見ていた飛び降り自殺の幻影は凄味があって良い。

顔を見るな

あの”女”の顔を見てはいけないんです
見たら発狂するのか心臓マヒをおこすのかわかりませんけどね

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.93

写真を大人数で撮るときは「遠く」に、そして人数が減るほど「近く」にやってくるという怪異のコンセプトが秀逸である。最初に証明写真を撮ったときのシーンは伏線となっているわけである。つまり、常に怪異は土山におぶさっていて、ほかの人間が近くに来ると彼の背中から降りて、離れるというツンデレ全開の怪異なのだ。
土山と彼女が映っているツーショット写真のシーンは怖くてドキッとしたものだ。

泣く女

あの女の両親という人たちがきました
迷惑のお詫びというのですがなんだか妙な感じです

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.104

「泣く女」というタイトルと、冒頭で自殺してしまう彼女を見た時、彼女が今後どんな怖いお化けに化けて、江島を襲うのかとわくわくしてたが、物語は全然違う方向へと進んでいった。他人を思う気持ちの針が、おかしな方へふれたとき、このような事が起こるのだなと、ブルブルと震えた。ちなみに僕は、髪の毛を皮ごと全部抜かれた男の子の写真からの彼は今庭のつげの木の根元に埋まっているというくだりが好きである。

ヨビト

あれに話しかけてはいかんぞ
ヨビトと口をきけばその者もヨビトになる

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.134

この物語には「ヨビト」と「いじめられっ子」という二つのキャラクターが登場する。この二人は怪異と人間という似ても似つかない属性を持っているが、彼らが周りから「こいつと口をきくな」と言われている点において共通している。知世が最後にヨビトの中にこのいじめられっ子の面影を見て、口をきいてしまったのは、知世がいじめの果てに自殺してしまった彼女に対して、ずっと罪悪感を感じていたからではなかろうか。そしてこのことは、彼女らの関係を見抜いていた「ヨビト」による狡猾な陥穽であると仮定すると、さらに恐怖の味わいは深くなってゆく。

指切りげんまん嘘ついたら…

貴女と僕は結ばれる運命なのです。これを変える事は誰にもできません。
この運命を貴女も認めたその時には貴女の部屋の窓の外に黄色いハンカチを吊るしなさい。
それが”完全”の始まりとなるのです。

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.142

部屋に飾られた「タイタニック」のポスター、口ずさむ「花嫁人形」、手紙に書かれた「黄色いハンカチ」、きっと犯人はロマンチなのだろう。サイコパスというよりは狂人に近い存在であろう。
ヒトコワの最高峰と言っても過言ではないほどに狂った作品となっている。自分の身体の一部を切り取って好きな人に送り付ける話は聞いたことあるが、5mm感覚で指を細かく輪切りにするその根性と狂気は唯一無二だ。そして本作が巧いのは、ラストシーンで、洗面台の鏡に張り付けられたたくさんの「指の輪切り」を見るに、犯人は加奈の家に侵入することができたにも関わらず、加奈本人には危害を加えずに部屋を出た点である。これは狂人の「自分ルール」を徹底する特徴が色濃く表れていると言える。マニアックでプレミアがついているグッズも、現金も、指の輪切りも、すべては「加奈に自分との運命を認めてもらうこと」という目的を果たすためのプレゼントだったのである。つまり、加奈を殺してしまったら窓の外に黄色いハンカチは永遠に吊るされなくなってしまうので、彼は加奈に直接手出しをしないのである。

安い車

おいうるせーぞ
足バタバタさせんなよ
ガキじゃあるまいし

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.167

事故車ではなく、心理的瑕疵付中古車の話。しかもその死因は自殺ではなく重過失致死傷罪若しくは殺人罪が成立するものとなっている。閉じ込められた子供が「ごめんなさい」と壁などに書きまくるケースの亜種として、その舞台は車になっている。それにしても閉じ込める期間が二週間とは…これはもはや殺人ですな。
例の車はまた売りに出されていて、未だに怪異はこの車に憑りついているわけだが、リアウインドウからこちらを除いている姿は少し可愛げを感じる(騙されている)。

二十年女

母さんは知ってるでしょ?
家にいたあの女の人は誰だったんですか?

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.188

この話は怖い。「二十年女」という怪異の正体も、目的も、何もかもが不明である。まずその名前から考察するに、彼女の呪いのサイクルは「二十年」だと考える。和也の手紙には3歳以前から女を認識するようになり、大学4回生の今も女を認識できていることからその期間はおよそ20年であるからだ。そしてそのサイクルが終わると、被呪者は死んでしまう。それが女に直接殺されるのか、自殺教唆されるのかは不明だが、和也は火だるまになって絶命するまで、この女と楽しそうに話していたのを目撃されている。彼女のしぐさが時々老婆のように見えるのは、彼女が何百年も前から、この二十年という呪いのサイクルを繰り返していたため、すでに実年齢が3桁を超えていることを示唆しているのか。
また、和也が幼いころ見た夢のような話も奇妙である。おそらく和也がその時見た景色、人物たちが二十年女の正体、目的に深く関係しているようではあるが、それらが曖昧かつ断片的であるため考察は難儀である。
とりあえず、女が床下の通気口からひょっこりはんするのは怖すぎる…しかしこの行為に、目的などないのであろう。

地域共通夢

そこはとても狭くて暗く
嫌な匂いがした
その子はそこにいた

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.209

珍しくハッピーエンドの話である。虐待されて死んだ姉が、せめて弟だけは助けようと「地域共通夢」を見せたのかもしれない。

駐在所

ひひひひひひ

高港基資 [2012] 『恐之本-高港基資ホラー傑作選集』 p.248

よく交番などに立てかけられている「交通事故による件数と死亡者、負傷者の看板」の死亡者の欄に「1」と書いてあれば、今日、誰かが一人死に、その家族や友人知人は悲しみに暮れたということであり、その「1」という数字の重さを痛感する。
一方、本作における掲示板が表しているのは「交通事故件数」ではなく「事故件数」である。よくよく調べてみるとこのような掲示板は実際にはなさそうである。つまりこの駐在所に「事故件数」という掲示板があること自体が奇妙であり、その違和感は警察官一家の心中と何か関連がありそうではあるが、言及はされない。
死亡者の欄に数字を書き込むと、その数だけ村から死人がでるが、あとでその数字に「-」を加えて書き直すことで、死者をゾンビとして蘇らせることができるという話の仕組みは、実に面白い。このような要素は一歩間違えればギャグマンガになってしまう危険性を孕むが、本作は絶妙な具合でホラーとしての気味の悪さを保っている。

まとめ

高港基資作品に登場する怪異は怖い。それは、どの怪異も「絶対的存在感」を纏っていることに起因していると思われる。例えば、「先住者」における怪異は和室で土下座のような姿勢を保ち、そこに“在る”だけでその空間を支配している。「二十年女」では、家族や職人の団欒という親密で日常的な食卓の中心に、怪異が無言で立ち尽くし、こちらを凝視している。その姿は動きこそないものの、強烈に場を支配し、ただ「存在する」だけで恐怖の図式を成立させている。
それらはまるで静物画のような、ある種の「威厳」を帯びている。
ここでいう「威厳」とは、本来なら動きを伴うはずの怪異という被写体が、あえて動きを捨て(ているように感ぜられるコマ割り、筆致、構図で)、相対的な停止状態を表現することで発生する異様さのことである。この「静」を際立たせる選択が、逆説的に彼らの存在感を極限まで高め、空間そのものへ圧力を与えているのだ。


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