学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②
森京詞姫
絵 平岡奈津子 松井雪子 喜国雅彦 ほりのぶゆき 木村千歌 朝倉世界一 内田かずひろ すみれいこ
漫画 TAMI 篁よしやす 青木智子
1995年6月30日 第1刷発行
株式会社竹書房
前回当ブログの「【書評】学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ①」にて、僕の「花子さん愛」を暴発させたわけだが、今回は引き続き原作花子さんの書評を一話一話書けたらと思う。

さて、旧版花子さん原作は全部で10巻ある。本作「学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②」の感想を一言で言うと「ちょっとマイルドになったよね」である。第1巻に比べて、ショッキングで理不尽な作品は減り、そのレベルも少し下がったと思われる。だからと言って辛さが全然足りないわけではない。あくまで第1巻と比べると「少し優しく」なった程度である。「ハウスジャワカレースパイシーブレンド」が「ハウスジャワカレー辛口」になった程度である。
アニメ作品も何作か収録されていて、読み直しながら、懐かしくて小中学生の頃を思い出した。
あの頃のトキメキよ、カムバック…..
書評
第一章 街の中のコワイうわさ
さくらの木のたたり
でもさ、このさくらの木、切られてしまうんだろう
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.9
梶井基次郎「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」の一節が脳裏をよぎる。
全国に広がるこの都市伝説はこの小説が発端となっていると言ってよいのではなかろうか。桜は昼間こそ淡いピンクでとてもきれいだが、夜になると、独特な雰囲気を醸し出す。その風景を見るたびに、あの下には屍体がうまっているのだろうかと考えてしまったりするのだ。
自動はん売機の不思議な飲み物
うわぁ、なにこれ。血…血の味がする!
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.20
高速道路のサービスエリアに突如として現れた謎の自動販売機。中にはトシハルと同い年くらいの女の子の白骨死体が眠っていた。その自販機から購入できる血の味がする缶ジュースは間違いなくその女の子の血液だろう。家族旅行で調子に乗る小学生を天国から地獄に突き落とす、理不尽な話で結構好きである。
今でこそ禁煙してしまったが、喫煙者時代訪れたサービスエリアの喫煙所は、何とも言えないわくわく感があったものだ。
歩道橋に出る幽霊
ごめんなさい…一人でいるのが、さみしかったの。わたしといっしょにいてくれる人がほしかったのよ
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.29
開始早々に怖いお化けの挿絵が読者を襲う。
結果的に彼女は成仏したようだが、あの表情はお化けとしての才能がありありだ。
その手口も歩道橋で落ちそうになるのを演じ、それを助けてくれる人を歩道橋の上から落とすという極めて悪質なものとなっている。
第二章 おもちゃにまつわるコワイうわさ
笑う人形
すてられている人形には、たましいが宿ることがあるんです。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.40
みなさんも気を付けてね。
アニメ版にも登場する話だ。その人形はほかの人形を操り、れい子に襲い掛かって来る。
ちょうど同時期にみたことのあるクレヨンしんちゃんの呪いの人形回に登場するジャークもほかのおもちゃを従えていた気がする。そういう共通概念のようなものが存在するのだろうか。
当時妹のポポちゃん人形を振り回して遊んでいた僕は、おもちゃや人形は大事に扱おうと心に誓った。
ロボットのおもちゃが動いた
そのロケットは、お父さんとお母さんの心ぞうに、みごとにつきささっていた。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.40
このロボットはそこらへんで拾ったものではなく、お父さんがきちんと買ってきたものである。にもかかわらず、怪異となったのはなぜだろうか。きっと全国でこのロボットの被害者が続出するしているだろう。この話には、ちびっこたちの「拾い物でなければ大丈夫」という確かな希望をぶっ壊す意義がある。
また、子供だけでなく、その両親をも被害に合うという点が、児童向けの書物にしては珍しい。
新しいファミコンソフト
ケンタは、ファミコンの世界に入ってしまったのだ…。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.51
テレビは鏡同様異世界への境界のような意味合いがあるのだろう。
ケンタが操作をしていたゲームのキャラは以前このゲーム内に取り込まれてしまった人間なのかもしれない。
ということはこのゲームの次の主人公はケンタなのだろうか。であれば、ケンタが操作をしていたキャラはいったいどこへ行ってしまったのだろうか…。
第三章 夜ねむれなくなるコワイうわさ
真夜中のサッカー少年
キーック、オーフッ!
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.64
花子さん第2巻における最大の問題作である。
ほかの話とは一線を画すような悍ましさがこの話にはある。怪異が「子供」であるというのもスパイスになっている。そもそも今回の場合「子供」が怪異でない方が、ホラー度は高くなるだろう。
上着を引っぱる霊
そうか…幽霊もさびしかったんだね
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.73
この幽霊は地縛霊であるが、翌年以降現れなくなったことを見るに、成仏できたと考えられる。
いや、そこに現れなくなっただけで、どこかで永遠に苦しんでいるのかもしれない。
地縛霊とは、そういうものだ。
三日月の夜、呪いをかけると、自分が死んでしまう
『そして、その写真に、自分の血を一てきしたたらせます。これをしなかった時は、あなたが死ぬことになります』
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.80
この話で最後まで引っかかるのが、誰がこの本の最後の頁を破り捨てたのか、という点だ。
ふみ子がこの本を購入した本屋についてだが、「本屋」と言っているので、「古本屋」ではなく、普通の「本屋」であろう。そのことから店員が例の頁を破り捨てたり、頁が破られた本が入荷されるとも考えにくい。そのことから、犯人は頁の破られた本をこの本屋に置いた可能性がある。そう、犯人はふみ子がよくこの本屋に来ることを知っていたのだ。
次に動機だが、その頁に書いてあることを呪殺者が行わなかった場合、呪いは呪殺者自身に返ってくることを考えれば、それは簡単で、明確にふみ子に死んでもらいたい人間がいたのだろう。
犯人は、かず枝の可能性が高いと考察できる。
第四章 さまよう霊のコワイうわさ
プールの中から足を引っぱる霊
ち、ちがうよ。昨日、変なゆめを見たんだよ。プール開きの日に死んだ男の子が、仲間を探して、今日の体育の時間にやってくるんだよ。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.85
マサノリが見た夢ではヨウスケは「仲間を求めて」いたらしいが、実際に本人の口からはそのような発言は確認できなかった。それは当時プールでいじめられて命を落としてしまったヨウスケのかすかに残った良心がそうさせたことが窺える。つまり、マサノリの夢の中の彼は、ただただ、友達が欲しかっただけで、マサノリたちにこの一連の怪異事件の忠告をしていたのではなかろうか。
赤い月が笑った
ふふふ…、ほらね。だから、月に、きれいっていえばよかったのに
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.96
さよ子とかず子がやったことに対して、かず子が受けた不幸はあまりにも不釣り合いであり、可哀そうすぎて言葉にならない。母が赤い月にいるといっていたあの男の子はいったい何者だったのだろうか。赤い月が異界を表していて彼は異界の使者なのか。
それにしてもその目的や、かず子の額の真っ赤な三日月模様の傷についても、いまいち判然としない。
赤いカーテン
このマンションの人たちは、みんな赤いカーテンをしているのよ…
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.98
赤いカーテンをしていないと、ナイフで刺されてしまうという理不尽な話だ。
完全に赤=血液という「色からイメージの連想」という古き良き怪談話の基本原則をベースにしている話だ。
赤いカーテンが好きなら赤いカーテンを客体に準備させればよいだけであって、わざわざ殺さなくても良いだろうに、という我々生きている人間の一般常識は彼ら怪異には通用しない点が怪談ぽくってよい。
第五章 物が教えるコワイうわさ
人食いランドセル
今年、小学校に入学したとも子は、登校していくほかの生徒たちの楽しそうな表じょうとはうらはらに、うなだれて登校している。というのも、とも子のランドセルは、お姉さんが使っていたお古のランドセルだったからだ。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.110
花子さんを知らない人でも、この話、もしくはこの怪異を見たことがある人は多いのではなかろうか。
アニメ花子さんの所謂名作であることは間違いないだろう。
このランドセルの怪異が怖くて怖くて、当時小さかった僕は自分のランドセルを見るのが嫌で嫌で仕方なかったほどだ。自分のランドセルは怪しいおじさんにもらったものではないという確固たる事実を噛みしめ、震えながら毎日ランドセルと共に過ごしたものだ。さらにこの頃、小学校の登下校ルートに(どんな人か、男か女か、年齢なども忘れてしまったが)怪しい大人が現れて、ただでクーピーのようなクレヨンを配るという事案が発生していた。みんな嬉しそうにそのクレヨンをもらっている中、僕はそれが「お化けクレヨン」であるに違いないとその誘惑を完全に無視し、威風堂々と下校していた。
さて、この話の怖い点は何点かあるが、中でも一番怖いのは「花子さんが助けに来ない」点であろう。その結末はアニメ版でも同じで、とも子がお化けランドセルの怪異にゆっくりと飲み込まれていく様をまざまざと見せつけられる。そしてそのあとで花子さんが「かわいそうに、とも子ちゃんはもうこの世に戻ってこれないわ」と呟いて終わるのだ。いやいや助けたれよ!と何回心の中で叫んだことか…このことは、花子さんも怪異に襲われているすべての人間を救うことができないというリアルを示唆しているのだ。
そして、お古のランドセルで「ピッカピカの一年生」をスタートすることができなかったとも子の境遇に当時同世代として憐憫の情を抱かずにはいられなかった。
生きている車
車がしゃべれるという話を、だれともしないでくれ、といったんだ。お前が、ほかのやつにいうなといったんじゃないさ
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.123
怪異との約束の真意が「喋る車」というトピックを話してはいけないというと言うことだったわけだが、どこか落語っぽくて面白い。
くるった目ざまし時計
目ざまし時計は、気のせいか、光りかがやいているように見えた。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.129
友人との旅行当日寝坊をかました時点で彼らとの連絡手段がないという時代を感じる話だ。
ショウゴは家に帰り、友人たちは出発するしかないのだ。
亡くなったおじいちゃんが助けてくれたと、なんか良い感じで終わっているが、ショウゴは友人たちを亡くしている。大学生といえど、一緒に旅行に行くくらい仲の良い友人を失うというのは、一生忘れられない哀しい経験になったことだろう。
第六章 身近に住むお化けのコワイうわさ
自転車に乗るメケメケ
めけめけめけけけけ
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.138
今でもアニメ版のメケメケの声は鮮明に覚えている。そして、主人公のヨシオ1の顔がひょうたんの様で当時はメケメケどころではなかったのを覚えている笑
自転車の荷台に現れ、目隠しをしてくるメケメケは絶妙に性格が悪く、怖い。
そしてメケメケが「なぜ」お経に弱いのかについては結局、分からずじまいだ。
学園祭のお化けやしき
ふふふ…。ね、いたずらにお化けをしげきしないでね。お化けやしきをやる時は、お化けに、やりますよって、ことわってからにしてね
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.147
この話に登場する怪異は何だったのだろうか。当初は、数年前の学園祭のお化け屋敷で亡くなった生徒の霊かと思っていた。だが、花子さんと怪異とのやりとりを見るに、おそらくその生徒たちもこの怪異にやられたのだろう。
かまばばあ
かまばばあは、人に笑われるのが大きらい。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.148
自分のルックスに自信を持っているのだ。
口裂け女の派生のような怪異が登場する。
怪異としてのかまばばあよりも、間近で友達の首を切り落とされる方がはるかにトラウマになりそうだと感じたのは僕だけではないはずだ。あの口裂け女ですら、そのような描写を見せたことはないと思われる。
かまばばあ、おそるべしである。
第七章 クラスで起こったコワイうわさ
名ぼの名前がふえていた
せ、先生、その神川さんて…き、去年、交通事故で死んでいます…。四組に神川さんでしょう…
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.163
神川がヨシオに想いを寄せていたのに対して、かわいい女の子でも転校してこないかなとぼやくヨシオである。
死んでしまってもヨシオと同じクラスになりたくて、彼のクラスの名簿に自分の名前を書いてしまうところや、ヨシオのもとに駆け付けてしまうところが非常に切ない。
リレーのアンカーはだれ?
ユウスケくん、きっと、みんなにお別れをいいにきたのね
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.176
この手の話が続くが、僕自身小学生の頃、病気や事故でもし死んでしまったら、絶対にお化けになって学校に行こうと思っていた。それほど、小学校で友達と過ごす日々は楽しかったのだろう。自分はとても幸せな小学生ライフを過ごさせてもらったんだなと、しみじみ感じるところである。
線こうのかおりがすると幽霊がくる
とつ然、部屋の中に線こうのかおりがしたら、気をつけてね。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.178
それは、幽霊がやってくる合図だから…
「線香の香りがすると幽霊が現れる」と言った話は間々耳にするが、本来「線香をあげる」ということは、香食のことであり、生者が死者に対してご飯を上げるという意味がある。いずれにしても、線香の香りからは「邪」を感じることはあまりないだろう。そのことから察するに、この母親の霊は、悪いものではないと言えそうだ。早く、見つけてもらうことを願う。
第八章 おふろとトイレのコワイうわさ
おふろ場から聞こえてくる歌声
~ねんねんよ、おころりよ~
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.193
ぼうやは、よい子だ、ねんねしなぁ~
この話をアニメ版で見た時、得も言われぬ切なさのようなものを感じた。それは、やはりこの子守唄であろう。話の内容とは直接関係がないが、僕が小さいころ母や祖母に歌ってもらった子守唄が、なんとなく、頭の片隅に残っているような、そんな気がしたのだ。
トイレの中から聞こえる歌
真っ暗な、真っ暗な、ここは不思議な夜の国
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.196
詞的でファンタジーな歌に反して、怪異の行動はストレートである。
歌の考察の余地もなく、女の子二人が骸になるラストシーンは理不尽そのものだ。
いい花子さんと悪い花子さん
トイレの花子さんについては、たくさんのうわさ話があるけれど、今、学校では、いい花子さんと悪い花子さんについて、話題になっている。
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.202
この話は「花子さんがきた!!」の本筋にかかわる話だ。
今まで怪異からみんなを守ってくれた花子さんは「トイレの花子さん」とはまた別の存在であるということが分かる。
思えば、0000局の0000番は「トイレ」とは何の関係もなさそうであった。
となると、良い花子さんはどこからやって来るのだろうか。それはいずれ、原作でも明らかになる所ではあるが…
まんが
レンタルビデオの中に入った女の子
一体何が始まるのかな…
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.54
「新しいファミコンソフト」に近い話で、引き込まれた先でのぞ美が映画の主人公になる話だ。明らかに人質スタートだが、「主人公」である以上、死なない安心感のようなものがある。
問題なのは映画が終わった後でどうなるか、だ。
こけし橋のうわさ
あっママ見て
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.108
このこけし パパにそっくり
前作「学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ①」にて「夜、公園のブランコに生首がのっている」というスーパートラウマ漫画を世に排出した青木智子様の作品。今作も中々のグロさと理不尽さを兼ね揃えている。
橋の上にて、人間とこけしが入れ替わるシーンの生々しさと、息子が入れ替わった父を発見した時の朗らかセリフのギャップがたまらない。
臨海学校の写真
先生が海の中をさがしてみつる君をみつけた時はもう…
森京詞姫 [1995] 『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!! ②』 p.157
海に飛び込む生徒の写真を撮って現像してみると、夥しいほどの手が写っていてその生徒を海に引きずり込んでいたという構成は、様々なところで見かけるだろう。この手の持ち主はどんな怪異なのだろうか。きっと亡くなった生徒ですらも、それを確認できなかったことは、薄々想像がつく。
まとめ
それにしても、幽霊の「哀しさ」という感情が垣間見れる作品が多かったと感じる。
命を落としても、学校に来たがるもの、仲間を欲しがるもの、供養を欲するもの…種々存在するがそれらはきっと、生きている我々の妄想にすぎないのかもしれない。だが時としてその妄想は、人間が人間としての温かさのようなものを失わないために必要不可欠であったりする。つまり、僕はその妄想を信用はしていないが、信頼はしているのだ。
僕も幽霊縛りアップリケ…ホシイ…
- アニメ版ではよっちゃん。 ↩︎


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