【考察】口に関するアンケート

口に関するアンケート
背筋
2024年9月4日 第1刷発行
ポプラ社

以前当ブログ「【考察】近畿地方のある場所について」の記事内にて記載したが、僕が背筋作品で最初に読んだのはこの「口に関するアンケート」であった。明らかに目を引く装丁で、どこかレトロっぽさも感じる表紙に興味津々になり、購入した。
意味深なm4a拡張子の音声ファイルごとに話が切られ、読者はその音声を聞く(読む)ことになるのだが、中々怖かった。

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目次

あらすじ

とりあえずあの日のこと、全部話しますね。正直、気は進まないですけど。肝試しになんて行かなければ、杏は死ななかったと思いますから。

背筋 [2024] 『口に関するアンケート』 p.1

村井翔太ら大学生4人は千葉県の房総のO市にあるネットで有名な心霊スポットに肝試しにでかける。そこで聞いた耳をつんざくような蝉の鳴き声、翌日から失踪する杏。身の回りで起こる怪奇現象…それは彼らを襲う惨劇の序章に過ぎなかった。

考察

!!! 下記ネタバレを含みます !!!

独特な見出しについて

冒頭にも書いたが、この作品は主人公たちそれぞれの声を m4a 形式の音声 として記録したものを、我々読者に見せるというきわめて個性的な体裁を取っている。つまりそれぞれのエピソードのタイトルには「YYYYMMDDHHMM.m4a」といったような日時を表すタイトルがついているのだ。そのことから本作に掲載されている音声データは2019年8月26日(月)の23時10分から2019年8月27日0時3分(火)の約1時間の間に録音されたものだということが分かる。

カレンダーで調べてみると2019年8月26日は友引、27日は先負であった。彼らが行った行為が「祝い事」ではないことは明白である為、少々ぞわっとした。

人間関係について

次に、登場人物の人間関係についてまとめていこうと思う。

村井翔太

杏の元カレ。別れた理由は不明だが杏から別れを切り出されている。杏と別れた後、同じグループの伊藤竜也と彼女が付き合い始めたことから、杏を伊藤竜也にとられてしまったと思っている可能性が高い。なぜなら以降、村井は伊藤竜也を避けるようになるからだ。

伊藤竜也

杏の現彼氏。杏とは大学を卒業したら結婚する約束をしていた。村井翔太とは杏のことについてきちんと話せないままであったが、伊藤本人は、村井翔太とは杏とのことは割り切り、ずっと友達でいたいと思っていた。

原美玲

村井翔太、伊藤竜也、杏、3人の恋のやり取りを客観視している。杏の身勝手さに少々呆れている。

伊藤竜也の現彼女。自ら村井翔太をふって、伊藤竜也にのりかえる。村井翔太からのよりを戻したいとのLINEを、伊藤竜也、原美玲に見せてしまうような人間で、それは彼らが小さなコミュニティに属しているとういうことを鑑みると、彼女はかまってちゃんで、人を試すタイプの人間であるということがわかる。

上記4名、大学の仲良しグループ内の4人で毎日のように遊んでいた。

川瀬健

怪異に遭遇したら「押す」タイプ。

堀田颯斗

怪異に遭遇したら「引く」タイプ。

上記2名、同じ大学、同じオカルト研究のサークルに所属する大学生。

起こったこと

本作は学生たちが行った「肝試し」を起点に話が展開される為、「肝試し」に重点を置き、起こったことを下記に簡易的にまとめる。

ドライブ

村井翔太が心霊スポットに行くことを提案し、レンタカーを借りた上で4人で向かう。村井翔太と伊藤竜也が乗り合わせている為、車中はどことなく重い空気が漂う。村井翔太は伊藤竜也と杏が付き合ってから彼を避けていたことから、今回のドライブのメンバーがいかに不自然であるということがわかる。

コンビニでの一件

彼らは目的地に到着するまでに二度、コンビニに立ち寄って休憩をしている。杏は、一度目の休憩で原美玲に、二度目の休憩で伊藤竜也に、村井翔太から届いたよりを戻したい旨のLINEを見せている。最初に原美玲に素っ気なくされたことから杏は不機嫌になり、その当てつけに彼氏の伊藤竜也にLINEを見せたのだろう。このことが、物語の行く先を左右する重要な要素となる。

肝試し

肝試しのルートは墓地の入り口からスタートして、敷地内に生えている大木の前を通り、裏口から階段を降りて駐車場に戻るというものだった。

肝試しの順番は、村井翔太、伊藤竜也、杏、原美玲の順である。

村井翔太が、ネットの噂通り、大木に対し次に通る人(伊藤竜也)を呪い殺してほしいとお願いをする。

今なら車で、杏について村井翔太と二人きりで話せると考えた伊藤竜也は、ルートを無視し大木を通らずに、ショートカットして車に向かう。

杏が大木を通り、呪われる。これは村井翔太にとって想定外のことであった。

全員が「蝉の声」を聞く。

原美玲が大木に必死で登ろうとする杏を発見する。無理やり杏を引き剥がし、羽交締めにして車まで連れて行く。

翌日以降、杏が学校に来なくなる。

1ヶ月後、杏が霊園の大木にて縊死体で見つかる。

川瀬と堀田の訪問

川瀬健と堀田颯斗が大学のオカルトサークル活動の一環として霊園を訪れる。

霊園内の大木にて、杏(の怪異)を目撃する。1

2人は「蝉の声」を聞く。

一度は霊園をあとにするも、そのまま警察に通報する。

霊園の大木にて杏の縊死体が発見される。

杏にかかった呪い

なんの言われもなかった霊園の大木が、人間が邪悪なお願いをするようになったことで、呪いの願いが叶う「呪いの木」としてネット上にその情報が蔓延り、やがて「呪われた木」となった。これはつまり、この大木が呪いの媒体となったことを示す。
村井翔太が大木に対して呪いのお願いをする。羽化の途中で死んだ蝉になぞらえて、幸せの絶頂で対象が死ぬように設定したものの、呪われた杏が蝉のように木を登る仕草をしていたり、彼女の口の中から蝉の声が聞こえたことを鑑みると、大木に村井翔太の比喩表現は通じないことがわかる。なんとも呪いらしい判断であろうか。

また、川瀬が大木で杏(の怪異)を目撃した際、彼女が言っていた「地獄は下にありますから」と「高くしないと、高くしないと」というセリフはどういう意味をもっているのだろうか。前者は蝉にとって羽化まで過ごす地面の中は地獄であるということ、というよりも「地獄」の概念が地底にあることと、羽化までの間地底で過ごす蝉という生き物の共通項を強調する為のセリフであると言える。後者は何を「高く」をどう捉えるかと、そうなるとどうなるかを考えることが重要である。そこで、この世界を地獄と現世に二分し、地獄は地面より下、現世は地面より上の部分であると仮定する。杏(の怪異)が行っていた穴掘りは結果的に現世(地面より上の部分)の高さを増やすことと同義である。例えば霊園内の地面を1メートルずつ均等に掘ったとすると、霊園内の現世に相当する部分は他の部分よりも1メートル「高くなった」と言える。つまり、彼女は現世と地獄の距離をより近くしようとしていたのではなかろうか。その目的は不明ではあるが。

フォントの色が変わる件

フォントが赤く変わる箇所がある。これは言わずもがな話者自らが載っている台を蹴り飛ばし、自殺を完遂する、つまり赤字のフォントは話者が(死に近づき)死亡する過程を表していると言える。

「口に関するアンケート」の件

最後に「口に関するアンケート」2にて、各問ごとに考察し、本稿を閉じる。

問1

「口は災いのもと」、これは間違いなく本作のテーマであろう。霊園の大木が呪具と成り果てた理由、コンビニでの杏の言動、村井の呪いの言葉、口の中から聞こえる蝉の声、川瀬達の霊園訪問のきっかけ…本作で取り上げられる怪異の根底には常に「口」が関係している。思えば杏という名前も木と口の組み合わせであり、このことは、なんでもない木が「口」によって呪いの媒体となったことを示唆しているのだろう。

問2

このアンケートの前置きにおいても記述されているが、我々が読んだ本文が「創作怪談」であることが強調されている。それはなぜか。以下二つが考えられる。
読者に「創作怪談」だと思わせることで安心させ、よりラフに、この怪談を口承させるため。
物語の骨子が「呪いの拡散」であるため。
前者と後者はより密接にかかわっていて、後者達成の為に前者がある、といった関係である。つまり、問2はメタ的な要素の介在を示唆する問である。後者の「呪いの拡散」後ほど述べる。
そして、この本の独特な装丁も「呪いの拡散」を容易にさせることを狙ったものではなかろうか。本を小さくすることで、持ち運び易くし、さくっと読者に読んでもらうことを意図した、という考察は邪推か。

問3,4

問3は問4を読ませるためのトリガーだ。ほとんどの場合小説を「視覚的要素として受け取る」ことはないと考えるのが自然であるからである。
問4の「蝉の声」云々というのは、本作の登場人物6名全員が耳にした蝉の声のことだろう。問3にて頭の中で「音読」、声に出して「音読」と、「音読」を強調させてから本問を読ませることで、「201908270001.m4a」より「以下、セミの鳴き声と思われる音声が数分続く」箇所がより鮮明に、音として読者の脳内に響かせることを目論んだと言える。ここで勘のいい読者は自らも呪われてしまったらどうしようと、悄然とするのである。

問5,6

問5についても、より確実に問6を読ませるためのトリガーであると言える。作中に登場する「m4a」拡張子をみて、iphoneを頭に浮かべる読者は多いだろう。
問題は問6である。「机の中」という肢はブラフとして、「各話者のポケット」と「落ちていた」の二点には考察の余地がありそうだ。まず前者、各話者が自分の話を自分のiphoneで録音し、話し終えたあとで、衣服のポケットにそれを突っ込み、自殺をする、という流れを想像すると、この肢は割と自然である。ただしこの場合には6名全員がapple製のスマートフォンを使用していなければならないだろう。3絶対に各々がそれぞれのスマートフォンで録音していなければならないという条件があった場合、拡張子をm4aで統一することはむしろ違和を生じさせるのではなかろうか。
では、「落ちていた」という肢についてはどういう場合か。ポケットの肢に「各話者」と記述されていることを考慮すると、「落ちていた」のは「一つの」スマートフォンである可能性が高いと言える。この場合何者か(おそらく杏)がスマートフォンをそれぞれの話者の順次口元にあてがっていくという風景が浮かんできやしないだろうか。村井翔太の最後のセリフから、この者は人間でないことは確かそうで、かつ誰に話しているか自問自答しているため、彼に杏が見えているかでいうと見えてはいなさそうだが一考察としてあげておく。

問7

当初僕は、この問を読むまでこの作品がなんなのかよくわからなかったのだ。問6のスマートフォンが「落ちていた」場合の考察も出発点になっているが、この奇妙な夜会には、彼らを霊園まで呼び寄せそれぞれ話をさせ、許す許さないを判断する存在がいるのだ。それは村井翔太の最後のセリフや伊藤竜也が肝試し以降経験した心霊現象などを鑑みると、その存在とは杏であると言えるだろう。ではその場合、許す、許さないの判断の基準とはなんだろうか。村井翔太は自らを呪った元凶であるし、伊藤竜也は彼が霊園の大木の前を通らなかったために杏自身が呪われてしまった。原美玲にはコンビニで冷たくされた。これらのことを彼ら自身に懺悔、報告させるのが杏の目的であるといえそうだ。では川瀬健たちは何をもって許されたとするのだろうか。生前杏や村井翔太らと彼らには何の関係もなく、おそらくこの夜会で初めて顔を合わせたのだろう。
以上を見るに、杏はもう呪いになっていて、呪いの本来の目的である「呪いの拡散」を遂行しようとしていると考えられる。つまり、呪いの一部始終をそれぞれの話者が「読者に分かるように」話すことで初めて彼らは許されるのだ。川瀬健らは呪いに成り果てた杏と、村井翔太らを結びつけるために呪いに遣われた、ただの駒だったのだ。

さて、脳内で蝉の声を聞いてしまった我々は、これからどうなってしまうのだろうか。

まとめ

怪奇と、大学生のリアルなごたごたを練りに練り合わせてつくった最高のかまぼこのような作品です。
とても面白かったです。

(…みーんみんみんみんみん…みーんみ…)


  1. 警察による捜査時、杏の死体は腐って首が伸びていたことから、少なくとも当日より前に自殺をしたものと考えられる。 ↩︎
  2. 背筋 [2024] 『口に関するアンケート』 p.62-63 ↩︎
  3. アンドロイド製スマートフォンであっても、m4aに変換したり、m4a録音に対応してるサードパーティアプリを使えば、音源をm4a拡張子で保存することは可能ではある。 ↩︎
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