【書評】パラサイト・イヴ

パラサイト・イヴ
瀬名秀明
1996年12月10日 初版発行1
角川書店(角川ホラー文庫)

今は放映されているかわからないが、昔は「神の手!天才外科医が神業で命を救う!」と言ったような特番がよくやっていた。オペのシーンも割としっかり映し出されていて、当時の僕は画面を直視することができなかった。そういうシーンを見ていると、自分のお腹がムズムズして手に力が入らなくなるのだ。あの現象に名前があったら是非知りたいものだ。

この「手に力が入らなくなる」という事象は中々に厄介で、それは生物のテストを受ける中学二年生の僕を苦しめた。当時生物のテスト範囲に「人体」が含まれていたのだ。わら半紙に印刷された白黒の内臓の図が、僕の手を震わせた。テスト時間いっぱいを使ってその解答用紙を震えながら埋めたのを覚えている。灼熱のアスファルトの上でのたうち回るミミズのような字で。
瀬名秀明が描く本作はそんな小説だ。つまり「手が震える小説」なのだ。

僕は今までホラー小説やホラー漫画を人よりはたくさん読んできた自負があるが、手が震えたことはそうそうない。厳密に言うとこの震えは怖さからくる震えではなく、人間の臓物がリアルに描写されることからくる震えだ。映像で見た時と同様のリアルさが彼の筆致にはあるのだ。専門用語や描写の細かさがそのリアルさを産んでいるのだろう。腎臓移植のシーンは手がプルプルして本を持つのもままならないほどであった。
もちろん彼の小説は「手が震える」だけの小説ではない。小説としての技巧も様々なところにちりばめられている。今回はそんな彼の処女作である「パラサイト・イヴ」について書評を書こうと思う。
第2回日本ホラー小説大賞大賞受賞作品。

目次

あらすじ

彼女は夢を見ながら、静かに、だが着実に、自らを増やしていった。

瀬名秀明 [1996] 『パラサイト・イヴ』 p.94

永島利明は大学の薬学部に助手という形で在席していた。
ある朝、いつものように研究に勤しむ彼のもとに、病院から電話がかかってくる。妻である永島聖美が車の運転中に事故に遭ったのだ。彼女は緊急治療室に運び込まれ、生死の境をさまよっているとのこと。利明は急いで病院に駆け付けたが、そこでベッドに横たわる聖美は脳死状態になっていた。後日再び検査をして、改めて脳死と判定された彼女は、生前に腎臓のドナー登録をしていた為、さっそくドナーとして自らの腎臓を差し出すことになる。
利明は聖美を失った哀しさから、彼女の肝細胞を研究室で培養しようと、知り合いの医師に腎臓を摘出したあとで、肝細胞を採取してもらうよう懇願し、聖美の肝細胞を手に入れることに成功する。その肝細胞に「Eve1」と名付け、研究室で培養を始める。

書評

あの夢だ。聖美は気づいた。
年に一度、クリスマス・イヴに見る、あの夢だ。

瀬名秀明 [1996] 『パラサイト・イヴ』 p.6

本作はバリバリのホラー小説というよりはバリバリのSF小説と言った方が適切であるように思える。著者自身が本作の執筆当時、現役の研究者であったことから、物語の設定や要素にリアルでアカデミックな色素が現れているのを見て取れるだろう。そのことは僕を含むド文系の人たちにとって、本作の読破と理解を難解とさせている要素の一つとなっている。ただし、専門的な用語を根本的に理解しえなくとも、物語の大枠は理解することができ、それなりに楽しめる。

本作における怪異は聖美のミトコンドリアである(以下Eve1と表記する)。ではなぜEve1は聖美を宿主としたのだろうか。当初は、利明の嫁である彼女をターゲットにする必要があるからだと思っていた。利明の研究対象はミトコンドリアであり、Eve1にとってその目論見の完遂の為に利明がキーマンになることは明白であった。しかし、聖美がクリスマス・イヴによくみた夢を鑑みるとそうでもなさそうである。聖美が見たこの夢はEve1が太古より生物と共生してきた記憶だ。この夢見はEve1が宿主を「聖美」に決めて彼女の体内に発現して以降の現象である。ということは聖美が利明と出会うよりもっと前から、Eve1は聖美を宿主としていたということが言える。そうなるとEve1は聖美を宿主と決めてから、利明のような男と出会うように、水面下で聖美をコントロールしていたのではなかろうか。であるとすると考察はまた振り出しにもどってしまう。なぜ聖美でなければならなかったのか、判然としない。
キーマンとして利明のほかに、安斉麻理子が挙げられる。彼女は一度腎臓移植手術を経験しており、術後、薬の服用を故意に停止したため、腎臓をが生着せずに移植手術は結果的に失敗している。面白いのは彼女が薬の服用を停止した理由である。それは小学校の悪ガキたちにお化けだの、フランケンシュタインだの悪口を言われたことである。この子供たちの言動も、Eve1が予見の範疇であったと考えると、中々怖い。

Eve1が、産み落とした娘に牡のミトコンドリアが混入していることを予見できなかった為に、彼女の壮大な計画は幕を閉じることになった。事件後、浅倉がディープフリーザーの中のEve2やEve3を見た時、浅倉の中でどくんと鼓動したミトコンドリアは、きっと事件後が犯したミスを修正する形で、再度の暴動の機会をうかがっているに違いない。

まとめ

ミトコンドリアってどこか温泉饅頭に似ていると思うんですよね。
それが膨大な数に増殖するって考えると、脳裏に浮かぶのはドラえもんのひみつ道具バイバインで増えた栗饅頭なんです。
体内ではあのような狂気が日夜繰り広げられてるんだなと思うと、人間の身体ってすごいなって思うんです。


  1. 初出は「パラサイト・イヴ」(角川書店) 1995年4月30日 初版発行 ↩︎
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