203号室
加門七海
2004年9月20日 初版1刷発行
光文社文庫
加門七海作品で初めて読んだのがこの作品だった。たしか、同じく光文社文庫より出版されている「祝山」も同時期に読んだ記憶がある。日常をじわじわと侵食するさりげない恐怖を描くのがうまいと思った。本作ではその事象が漸次的に登場人物を狂わせ、周囲との乖離していく過程や彼らの各々の心理が非常にリアルに描かれている。
本作には派手な怪奇現象や、ビジュアルに優れた怪異は登場しないし、その根拠もなにやら判然としない。だが、そのさりげなさのようなもの、よくわからないようなものが、読者を戦慄させる。
あらすじ
大学に入ったら、独り暮らしをしようと決めていた。
加門七海 [2004] 『203号室』 p.4
大学への進学とともに憧れだった独り暮らしを始めた沖村清美、目に映るすべてが彼女をわくわくさせた。しかし、ある日自室から腐臭がし、以降種々様々な怪奇現象に見舞われた彼女は、精神を病んでしまう。
書評
ここは私の部屋よ!
加門七海 [2004] 『203号室』 p.217
本作が描く恐怖は、怪異に対するそれだけではない。
ぴかぴかの大学一年生が、雑誌に掲載されている家具、食器、ファッション、雑貨に抱く理想の大きさと、自らの財力の小ささの隔たりにもどかしさを感じる様や、大学の友人、バイトの先輩、奇妙な隣人らとの希薄な人間関係について綿密に描かれているため、現実味のある恐怖が展開されている。新里やゆき子が上っ面で清美を心配し、本心では彼女を精神異常者であるとラベリングする救いのなさは彼女を絶望の淵へと突き落とす。しかし皮肉なのは、彼らが最初に清美に目を掛けた動機に少なくとも「親切心」や「優しさ」のようなものがあったことは間違いない点である。
清美を襲う怪異は彼女が社会から孤立していくのを嘲笑うかのように203号室を跋扈するのだ。
「腐臭」「被写体が二重に映る窓」「幻のネズミ」「温もる床」「腹痛」「人影のようなコバエ」「叫び声」その一つ一つをみれば大したことない事象であるが、その連続性、客体と社会との結びつきの度合い、表出するタイミングなどの要素が事象に加担することで、祟りの被害は拡大していく。そもそも、本作においてたびたび登場する「たたり」とはどんなものだろうか。簡単に言えば、目に見えない超自然的な何かが人に害をなすという現象を指していると言えるだろう。自分に恨みを持つ何者かが、この地に縛られた何かが、この世に未練を残した何かが、災厄をもたらすとする解釈は、裏を返せば、理由の判然としない事象に対する理由付けの一種に過ぎないという事が言える。人間は良くないことが起こった際に、その理由が気になって仕方がない生き物だからだ。
結局、203号室に潜む何かは今までここに住んでいた人間達の生霊か死霊だったのだろうか。本作からもわかるように決定的な原因は不明なままだ。また、清美を含むかつての住人たちがその後どうなったかについては不明である。
まとめ
「祟りのふり見て我がふり直せ」
本作を読んでぼんやりと頭に浮かんだ言葉である。造語であることは言を俟たない。僕のオリジナルである。
不幸を祟りのせいにするのは簡単だが、それは不幸の原因の追究を放擲することで、場合によっては再度の不幸を呼んでしまう要因となりうるだろう。物事の骨子を見抜くことは容易ではないが、原因を超自然的な要素に求めることはやめようと、思う。
まぁ、僕はおばけのせいにしちゃうの、大好きなんですけどね笑


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