- 姉飼
- 遠藤徹
- 2006年11月10日1 初版発行
- 角川書店(角川ホラー文庫)
「なんだこの作品は」感は随一だと思われる。このレベルの前衛小説が角川文庫から出版されるのは驚いた。今の時代であったら(色々な問題で…)出版は無理だったのではなかろうかと思ってしまうからだ。これはほめ言葉で、この作品を世に出版してくれた角川文庫には感謝しかない。とても面白い作品であった。
明らかに今までの日本ホラー小説大賞にみる作品群とは一線を画している。この作品からは、ホラーの作為を感じない。怪異と相対する登場人物のどきどき感や、徐々にせまってくる怪異の恐怖などといったものは描かれない。この作品の世界観そのものが読者を戦慄させるのだ。
今作は表題作「姉飼」のほか「キューブ・ガールズ」「ジャングル・ジム」「妹の島」を収録している。書評としては「姉飼」のみ記述しようと思う。
第10回日本ホラー小説大賞大賞受賞作品。
あらすじ
さぞ、いい声で鳴くんだろうねぇ。
遠藤徹 [2006] 『姉飼』 p.42
父に連れられて行った脂祭りの屋台に陳列した「姉」をみた「ぼく」。その衝撃が大人になっても忘れられず、ついに自ら稼いだ資金でそれを購入することに成功した。広い家に引っ越し、様々な道具を買いそろえ、姉をかわいがることに「ぼく」は没頭していく。
考察
世界観
ぼくは父に連れられて初めて姉を見た最初の瞬間から、強く惹きつけられてしまった。小学校にあがったばかりのころだったと思う。脂祭りの脂神輿を見に来た帰りだった。
遠藤徹 [2006] 『姉飼』 p.10
言わずもがな独特な世界観を展開している。物語の舞台である祠部矢には脂祭りなどの習俗や、蚊吸豚の畜産業、そして的屋の「姉」が存在する。祠部矢は田舎にあり、東京の渋谷とは異なる。そのほか、海老巣や葉等熟、夜余木といった東京の地名の当て字のような地域も登場するが、理由や意図は不明である。また、この習俗等々は「姉」とは厳密にいうと関連性はない。
蚊吸豚は脂祭りと密接に関わっており、脂祭りは「姉」が売っている場所ではあるが、「姉」は脂祭り以外でも購入することはできる。しかし、脂神輿と相まって、串に刺さった「姉」はよりダイナミックに、客の目に映るだろう。主人公もその鮮烈な「姉」に底知れない魅力を感じた者のうちの一人であったわけだ。この描写は物語の冒頭で描かれ、我々読者も、その奇妙な世界に引きづりこまれるのだ。
姉とは
どうやら姉の寿命はきわめて短いもののようだった。どんなに長くても三ヶ月ともつことはない。
遠藤徹 [2006] 『姉飼』 p.40
「姉」とは何か。まず、その種類は2つあるものと思われる。1つは野生の「姉」。1つは元人間であった「姉」、の2種類だ。前者は脂祭りの的屋の小屋に飾られた「姉狩り」の絵図から、後者は古川の家の納屋の件と、実際に古川に「姉」にされた芳美の存在から看守できる。両者の決定的な違いとして「寿命」が挙げられる。野生の「姉」は三ヶ月、元人間の「姉」は二、三日である。2無論後者は、古川の越権行為により作られた「まがい物」であり、全世界的にこのようなものが流通しているかどうかは不明である。彼はこの行為によって自らの命を業者から狙われることとなる。
なぜ古川のこの行為が「越権行為」で、彼が業者らから命を狙われることになったのだろうか。それは、「姉」には中毒性があり、その中毒性を逆手にとって、業者らがビジネスを展開しているからに他ならない。それはこの世でいう「酒・たばこ」や「薬物」に似ているのではなかろうか。酒、たばこを勝手に作ってはダメであるし、薬物に関しては持っているだけでもダメなのだ。それらは国などの公的機関の管轄下に置かれ厳重に管理される。それはつまり「姉」には強い依存性がある為であると考えられる。
では、その依存性とは何か。それは人を暴力的に支配する加虐的嗜好と、その果てに自らを委ねて安息を得る癒しのようなものの二面性を孕んでいる。串に貫かれた狂暴な姉を鞭などで凌辱する快感と、力果て仏のような表情になった彼女に抱かれる安堵、その真逆の刺激が「姉飼」を耽溺させるのだ。タイトルにもなっているこの「姉飼」という単語は差し詰め「愛煙家」や「酒豪」などといった単語に造りが似ていると言える。
古川が芳美を姉にしたのは自らも姉に没頭してしまった果の凶行だったのであろう。その動機は金儲けではなかったという事だ。まぁ、寿司が好きな人が寿司職人になるという至極当たり前の流れであると言える。客体が「姉」であることが、物語を物語たらしめている。
一般的な姉の、弟や妹にとって天使のように見える側面と、悪魔のように見える側面を、歪に、過激に拡大解釈したものが、本作における「姉」なのではなかろうか。
この世界の悪
うん、業者にいわせれば不良品なんだけどね。ぼくにいわせれば立派な犯罪さ。
遠藤徹 [2006] 『姉飼』 p.49
作中において、野生の「姉」を捕獲することは犯罪ではないが、人を「姉」にすることは犯罪にあたる。それは両者の材料になっている「人間」がジャングルに住んでいる「姉」なのか、人間社会に生まれた「人間」なのかという違いがあるだけだ。これは人を殺すという事自体が倫理と法律に反しているから「悪」というわけではなく、合法的に製造された酒は「善」、非合法的に製造された酒は「悪」といった区分けに起因する概念でしかないのだと感じる。
まとめ
「うんちのお肉」ってパワーワードすぎません?


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