座敷女
望月峯太郎
1993年7月6日 第1刷発行1
講談社(KCデラックス)
望月峯太郎作品で初めて読んだのがこの作品だ。
本作のコマ割りは秀逸であり、怪異が迫ってくる感じがリアルでとても怖かった。女の距離感の詰め方や手口、言動の一つ一つが嫌悪感メーターをマックスにさせてくるのだ。
夜中に隣の部屋をピンポンする音が聞こえても、絶対にかかわるのはやめようと心に誓った笑
あらすじ
夜中に部屋を訪ねてドアを叩く音がして
望月峯太郎 [1993] 『座敷女』 p.209
ドアを開けると…
そこに大きな女がいて…
たったそれだけなのに!!
大学生の森は自宅のアパートで、夜中に誰かが隣室のインターホンを鳴らし、玄関ドアをノックしている音を聞く。気になった彼が自室の玄関のドアを開けると、そこには髪の長い、トレンチコートを着た大きな女がいた。
毎日のように隣室を訪れる女に、森は親切心から手助けをしてしまったことで、森は彼女の次のターゲットにされてしまう。
書評
大丈夫よ
望月峯太郎 [1993] 『座敷女』 p.182
逃がしはしないわよ
うん…あなたの思い通りよ…
「座敷」という単語を調べると、畳を敷き詰めた部屋、特に客間を指していることが分かる。「座敷に上がりこむ女」ということで「座敷女」なのだろうか。
山本が彼女と出会ったとき、彼女は彼の隣の部屋に訪れていた。この怪異は、このアパートの特定のフロアに住む住人に対して片側から順々にターゲットにしているものと思われる。このアパート自体に、座敷女との因縁を香らせるシーンがなかったこと、「座敷女」という抽象度の高いネーミング、巷でささやかれる噂に「座敷女」という固有名詞が登場しなかったことを鑑みると、「座敷女」は一人ではない可能性が高い。それは所謂口裂け女や、人面犬といった全国に登場する怪異と同一の属性をもっていると言えそうだ。物語のラストシーンを見るに彼女はまた違った地域、違った場所に出没し、ターゲットを恐怖のどん底に突き落としていることが窺える。
この怪異の気味が悪い点として、森がひっぱたいても、佐竹が蹴りを入れても、まったく効かない点が挙げられるだろう。幽霊と違って実態があることから、物理的なアプローチが可能なのにもかかわらず、問題を対処できないことは奇妙である。その際座敷女が浮かべる苦悶の表情も、奇妙さに一段と拍車をかける要素となっている。また、彼女のもつロボットのように走ったり、ゴキブリのように這い回ったりする人間離れした特徴が、彼女をより「奇妙な怪異」に仕立て上げているのだ。
次にこの怪異の正体は何か。座敷女が口にする「さちこ」という固有名詞は誰なのかについて記述する。
作中において、座敷女は自らのことを「さちこ」と名乗っている。そして、森が入院する病院内において、「さちこ」という者に電話をしているシーンが描かている。2このことから、さちこは座敷女自身であり、すでに死んでいると思われる。彼女は生前、何らかの理由で人生に絶望し、リストカットをして自殺してしまった。その怨念が怪異となり、害を成していると考えられる。
そしてこの点が座敷女の行動の「目的」と関係がありそうだ。彼女はターゲットの選別基準として、かつていじめをしていた者を狙う傾向にあるとは言えないだろうか。前ターゲットの山本については不明であるが、わざわざ森の学生時代のいじめのエピソードを描いた点を踏まえると、その基準の一つになっていそうだ。3
もしこの説が正しいのであれば、巷で噂を吹聴する者たちには、森がいじめをしていたという認識がないため、噂の内容と実際に起きた内容に相違が生じる。この相違が発端となり、怪異の正体や目的が曖昧模糊となる点が、口承文学における「旨味」でもあるのだ。
ちなみに僕は「スマイルルミちゃん」もそれなりに怖かった。
まとめ
以前フジテレビで放映されていたドラマ「ホラーアクシデンタル」に「夜の果てへの旅」という話がある。簡単に言うと、男に暴力を振るわれている女を助けたある男が、その女にストーカーをされると言う話だ。物語のオチとしてはその女のストーキングに耐えかねた男が女に暴力を振るい、そこに別の男が入って仲裁して、女のターゲットがシフトしていくというものだ。主人公がふとした瞬間に女を助けてしまったばかりに被害者になってしまう構成は、善意の応答が必ずしも善意であるとは限らないことを示唆している。
本作においても、その理不尽が物語の根底に存在することで「なぜ俺がこんな目に遭わなければならないのか」という主人公の心理に読者は共感し、恐怖が醸造されていく。もし座敷女が美人に描かれていたとしても、それはそれで「不気味」そうである。


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