【書評】地獄の子守唄

ヒットコミックス52 地獄の子守唄
日野日出志
1982年8月16日 発行
ひばり書房

飛び散る血液、抉れる肉片、爛れる皮膚、溢れる膿、日野日出志とはそういう漫画家である。
僕がホラー漫画に没頭したのは17歳くらいであろうか。当時好きだったしょこたんこと中川翔子が楳図かずおを激推ししていたの知ってから、学校帰りに中野ブロードウェイに入浸り、楳図かずおや伊藤潤二などの名だたるホラー漫画家の作品に溺れた。そしてある一冊の漫画に出会う。それは「パロディ・マンガ大全集」1という数々のパロディ漫画作品を集めた短編集である。その短編の中で、ひときわ目を引く「銅鑼衛門」という作品があった。あの誰もが知っている未来からやってきた猫型ロボットが、扉絵でジャイアンの生首に逆立ちをかましてブキミに笑っているではないか。その不気味さに僕はすぐにその漫画が欲しくなり、当時なけなしのお金をはたいてその漫画を購入した。
それが、僕と日野日出志の出会いであった。それから「赤い蛇」や「蔵六の奇病」など、日野日出志作品の有名どころを読み漁っていった。
飛び散る血液、抉れる肉片、爛れる皮膚、溢れる膿、そんなグロテスクな表現の中に、ノスタルジックな美しさ、人間の哀しさ、愚かさがふんだんに盛り込まれている。また、ホラーの表現に容赦がないところもとても好きな点である。

このひばり書房版の「地獄の子守唄」には表題作含む全6話が収録されている。本稿ではすべての書評は控え、表題作の「地獄の子守唄」のみ記述する。しかし、ほかの作品も中々味わいがあって良いので、軽くご紹介しようと思う。ほとんどの作品に子供が登場するが、皆とても不幸であり、救いようがない仕上がりとなっている。
「蝶の家」
悍ましい面の館で芋虫に侵された少年の悲しくもどこか美しい物語
芋虫はどこから沸いたのであろうか
「七色の蜘蛛」
戦争の悲惨さを描いた救いようのない物語
肥溜めに頭を突っ込んで死んだ父が印象的
「白い世界」
失踪した父の母親と、水商売で生計をたてる母と暮らす娘の物語
容赦ないラストシーンが光る
「博士の地下室」
科学を追い求めた果てに罰が当たる博士の物語
最後に見た醜いわが子は現実か、それとも幻想か
「泥人形」
大気汚染公害の町に生きる子供たちの物語
彼らの儀式めいた遊びは永遠に終わらない

目次

あらすじ

わたしはこれから 狂気と異常にみちた
おそるべき告白をしようとおもっている

日野日出志 [1982]『地獄の子守唄』p.161

高度経済成長期か、七色の汚水を垂れ流す工業地帯に生まれ、吐瀉物の臭いを吸いながら育ったある漫画家の半生を描く。
自身の特殊能力によってたくさんの人を思い通りに屠る憎しみの物語。
衝撃のラストシーンは当時全国の小学生を恐怖のどん底に叩き落としたとか…

書評

冒頭

わたしの名は日野日出志
怪奇と恐怖にとりつかれたまんが家である……

日野日出志 [1982]『地獄の子守唄』p.164

雨が降った日にできた水たまりの端に、七色のような輝きを見た人は多いのではなかろうか。
あれはいったい何なのだろうか。油のようなテカリを放っている。少し調べてみると、あれは油ではなく酸化皮膜という所謂鉄のバクテリアたちが、うようよとしている事象であるらしい。小学生の頃、下校時その七色の輝きに目を奪われたものである。主人公2の生家の真ん前を流れる七色のどぶ川の描写をみたとき、僕はそんな水たまりの記憶が蘇った。本作の場合はそんなささやかなものでなく、どぶ川に加えて、血の海のような夕焼け、怪物のゲロのような悪臭、響き渡る工場の重低音に囲まれた、という異様な世界が表現されてはいるが。
これではまるで、地獄ではないか。そんな地獄の様な世界の、怪奇趣味、猟奇趣味に溢れた自室において主人公は漫画を描くわけだが、どんな作品を生み出しているのかは本編で紹介はされない。ただ、彼は恐ろしい発作が起きた際に自分の耳や指を切り落とし、自作でホルマリン漬けを作成するらしい。そして、ぷかぷかと浮き沈みする削いだ自らの体の一部を眺めることによって、インスピレーションを研ぎ澄ますのだ。
ところで、ホルマリン漬けというのは実に夢がある。正確に言うと夢があった。小学生になる直前の僕は、ホラー調で小学校を舞台に描かれる、なぞなぞブックに出てきたホルマリン漬けに目を奪われた。3小学校というのはこんな恐ろしいものがあるのか、早く自分も小学生になってホルマリン漬けを見てみたい、そんな稚拙な期待に胸が膨らんだものである。結局のところ僕が入学した小学校の理科室にはホルマリン漬けがなかったわけだが。

幼少期

わたしは地獄の怪物や鬼どもの支配者だった

日野日出志 [1982]『地獄の子守唄』p.174

主人公が近づくと発作を起こす母、家の裏手の工場を経営する朝から晩まで働き詰めの父、無頼の兄、冷たい女中、そんなお世辞にも温かい家庭とは言い難い場所で暮らす中で、彼の猟奇趣味に一段と磨きがかかる。やがていじめられっ子を惨殺する絵を描いたらその通りに彼らが死んだことで、自らの特殊能力に気づく。地獄の王誕生の瞬間である。
彼は母が歌っていた地獄の子守唄を口ずさみついには自らの両親も手にかける。母の死に場所を下水道にしたのはせめて死んだ後に母と二人きりで過ごしたかった彼の本来の願望の現れではなかろうか。彼が口ずさむ地獄の子守唄は地獄の底でいつまでも響き続ける。

現在

ありとあらゆる
残虐な方法で………ふふふふ………

日野日出志 [1982]『地獄の子守唄』p.188

ドラえもんの話にどくさいスイッチというものがある。
消えてほしい人の名前を呼んでそのスイッチを押すとその人を消すことができる。のび太は最終的にすべての人間を消してしまって最初はルンルンなのび太も最後は寂しくなってしまってドラえもんに助けを求めるというお決まりの物語だ。幼いころの僕はこの話をアニメで観てとても複雑な気持ちになったのを覚えている。
主人公はそのようなノリで両親、兄、自分に歯向かうもの、漫画家のライバルなど、様々な人たちを呪殺していく。きっと彼はもうまともに漫画など描いていないのであろう。もっとも、呪いの儀式の際に描いた絵を売ればそこそこ売れそうなものであるが….本作ではその絵の描写がないことは何か意味があるのであろうか。
今では地獄のような現世で、父の遺産を切り崩しながら生家で暮らしている。
想像すると何とも悲しい哀れなものである。

結末

地獄の底へおちろ!
おちてしまえ!

日野日出志 [1982]『地獄の子守唄』p.192

かつて世間を席巻した呪いのビデオや、チェーンメールには必ずこのコンテンツを見てから何日以内に何人に何するなどといった、難を逃れるための方法が準備されていたものである。不運にも呪いの毒牙にかかった人たちは、この救済策にかすかな希望を宿し、対処にいそしんだものである。何を隠そう、この僕もチェーンメールの被害者の一人である。高校入試の試験日当日に、塾が一緒で仲が良かった友達からこのメールを何人にて転送しないと受験に落ちるといった旨のメールが届いたのである。きっと彼もチェーンメールの呪いから逃れるために僕にメールを転送してきたのだろう。僕はチェーンメールというのが本当にあることに驚いたと同時に、とてもさもしい気持ちになった。それほどかかわりのある人間でなく、塾の友達というほど良い距離感であることを彼がメール転送の理由にしていたとしたら何とも悲しいものである。
長くなったが、本作にはそのような救済策がない。むしろこれは呪いではない。何々をしなければ死ぬ、ではなく何をしたって三日後に死ぬと告げられるのである。要は、容赦がないのだ。そういう日野日出志が描く不条理さが僕はとても好きなのである。そして、主人公の動機も不明で、挙げるとしたら彼が幼少期より醸造した孤独と怪奇の果ての結果である、とでもいうべきであろうか。地獄の王である彼にとって呪い殺す相手など、誰でも良かったのかもしれない。

まとめ

僕は日野日出志作品が大好きなんだと思う。
彼の描く作品はどれも不条理に満ちているからである。
人間、生きていれば必ず嫌な事や悲しい事、どうしようもない事に遭遇する。
理不尽、劣等感、後悔、そんな現実の要素と、彼の作品が一瞬シンクロするときがある。
そんなときえもいえぬ安心感が生まれる。
彼の作品にはどこか温かさがあるのである。

生きねば。
そう、思わせてくれる。

  1. マンガ奇想天外臨時増刊号(第2巻第6号)
    パロディ・マンガ大全集
    1981年12月25日 発行
    奇想天外社
    赤塚不二夫が描く「銀河鉄道999,999」も下ネタ満載で面白い。 ↩︎
  2. 主人公の名前が作者の名前と同一なので、混同を避けるため本稿では主人公としての「日野日出志」は「主人公」と記述する。 ↩︎
  3. ともだちにはないしょだよ49
    なぞなぞ学校のこわ~いおばけ
    作・絵 嵩瀬ひろし
    1995年7月 第1刷
    ポプラ社
    なぞなぞが大好きになったきっかけを作ってくれた本のうちの一冊。 ↩︎
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この記事を書いた人

広義なお化けが好き
幼少期、アニメゲゲゲの鬼太郎第4期と出会い、異形を認識して以来
お化けの虜になる
大好きなお化けの記録媒体としてウラメシノハコをつくる

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