怪談レストラン⑮魔界レストラン
怪談レストラン編集委員会・責任編集 松谷みよ子
絵 たかいよしかず
2001年1月20日 第1刷発行
株式会社童心社
怪談レストランシリーズ全50巻あるうちの第15巻目、魔界レストラン。
表紙にはまん丸の顔にまん丸の目、カラスを思わせる真っ黒な体色。俗にいうカラステングが夜空を舞っている。
彼の名はカラス天狗。名前がそのままで、ちょっと笑ってしまった。
彼は、ゲストを魔界レストランへ誘うグリーターのような存在であろうか。また、当レストランのシェフは、作中に登場するゲスト一族の大叔父であるという衝撃のラストとなっている。
あらすじ
ようこそ魔界レストランへ
怪談レストラン編集委員会 [2001]『魔界レストラン(怪談レストラン)』 p.2
魔界レストランは大きな洞窟の中に存在しているが、実際にどんな外観かどうかは不明である。むしろ、洞窟の内装をレストラン仕様にしてあると考えた方が自然であろうか。
これはいわゆる古事記の「黄泉の国」が山(暗い場所)にあることを意識してのことか。
読者はゲストとなり、当レストランでお料理(お話)をいただくのである。
作品は全13話のオムニバス形式で描かれ、内3話は魔界レストランに関する話、内10話は広義のホラーに関する話で構成されている。魔界と銘打ってはいるものの「天狗や神隠し」に関する話が多めの印象。p4-5 レストランのメニューを模した目次が非常に面白い。
メニュー
最初のおはなし ようこそ魔界レストランへ (松谷みよ子)
よし、あのチョウについていこう。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.11
黒い蝶に誘われて魔界レストランに訪れる導入部。めずらしくタイトルが「〇〇レストランができた理由」になっていない。
同時に親戚も招待されることは本作の伏線となっている。それにしても「車」で「蝶」を追うのは中々難しいと思われる。
おきもののおはなし 毛皮をはったタイコをならすと (松谷みよ子)
いまから二十年まえ、わしは神かくしにあって、この山へつれてこられた。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.18
そこでさまざまの修行をしてな、レストランをつくったんじゃ。
神隠しにあった大叔父さんが料理の修行をして、魔界レストランをオープンさせたというまさかの展開が綴られる。毛皮の張ったタイコを叩くのを合図に、客席へ続く扉が開くが、無造作に置かれた様をみるに、それはセキュリティ的な目的ではなく、儀式的な目的であると考察できる。
神かくし (藤かおる)
ふみ、やっぱり、神かくしにあったんだ
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.31
ふみに声をかけた声の主が彼女を神隠しにあわせた犯人だと思われるが、その正体は言及されない。ひょっとしたら彼女は労働の最中にそれを垣間見た可能性も十分にあるが、よくある「記憶障害」によって霧散したのであろう。
ただ、最初の労働をする際に、彼女は大杉のてっぺんからどうやって地面に降りたのだろうか。謎は残る。
皇帝のねむる山 (杉本栄子)
皇帝はいつ、おきるのですか?
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.39
終末思想を彷彿とさせる作品だ。
仏教でいう弥勒菩薩に近しいものを感じる。ただ、登場の時期が決まっている弥勒菩薩と違い、本作の城の者が動き出す時期は「神のみぞ知る」わけで、一体何年、何百年先なのか、途方もない話である。
そして、最後にさらっと、ヨハンが村に帰ると7年の月日が経っていた旨記載されている。彼は親類の死に目に会えただろうか。
てんぐこぞう寅吉 (岩崎京子)
この聞き書きは文政五(一八二二)年に、『仙境異聞』と題して出版された。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.53怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.53
心霊が好きな方であれば、平田篤胤の『霊の真柱』『勝五郎再生記聞』は読まれているのではなかろうか。現代の心霊研究の礎にもなっていることはまず間違いない。本作に登場する『仙境異聞』も有名だ。寅吉と篤胤との間で交わされる「天狗」との思い出話は非常に興味深い。
現代民話の中では天狗は酒好きとして描かれることが多いため、天狗が酒を飲まないという寅吉の証言とは食い違う。ひょっとしたら前者の天狗は「不真面目」な天狗なのかもしれない。
百発百中の魔法のくぎ (高津美保子)
あのくぎのせいで、おやじは、墓の中でゆっくりやすらぐことができなかったんだ。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.65
本当に繋がれていたのは釘と動物ではなく、釘と父親であった。その釘の呪いを成就させるために物理的に標的の足を掴んでいる点が面白い。
それにしても死んでいるとはいえ、踵に2本の釘を打ち込むとは、聞くだけで鳥肌が立つ。
祭りのすきなてんぐさん (松谷みよ子)
幸作、ようきた。さ、いっしょに花を舞おうぞ
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.72
所謂「良い天狗」が描かれる。
誘拐された幸作であったが、天狗たちとお祭り騒ぎし、美味しいお餅をご馳走になり、最後には「力」まで与えてもらっている。
山のふしぎ (斎藤君子)
ニキータが、ぼくたちをたすけてくれたんだ!
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.89
本作は2作品収録されているが「山」というよりは「洞窟」のふしぎと言った方が良さそうではある。ある意味山≒洞窟という式が魔界レストランのモチーフが古事記における黄泉の国であるということの信憑性をやや上げている。洞窟は山に包含され、そこは魔界の入り口になることを示唆しているのであろう。
ねこの仙人 (岡野久美子)
ごめん。角かどうか、味見したんだ
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.93
とても可愛らしい話ではあるが、トラ吉と離れ離れになってしまうラストシーンは少し切ないものがある。
それにしてもおでこのできものを「角」と勘違いしてしまったトラ吉はおっちょこちょい極まれりである。
地獄の口があいた山 (剣持弘子)
わたしはへびの女王、死に神です。いっしょに地獄にいってもらいましょう
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.110
かなりの謎が残る作品。
まず、男は何者だったのであろうか。金儲けを企む呪術師といったところか。儀式の要である、白蛇がいたかいないかを村人に問う他のは間違いであっただろう。
そして白蛇は自らを死神と名乗ったが、なぜ地獄に男を道連れにしたのか不明である。
まあだだよ (望月正子)
神かくしだったのか、UFOにゆうかいされたのか、マユさんは、とうとうすがたをみせなかった。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.122
古き良き日本の神隠しの話かと思いきやまさかのUFOが登場する。思えば、日本に伝わる神隠しの犯人が天狗である確証はないわけで、それがUFOである可能性も否めない点示唆に富むといえる。
デザート 食堂のこたつ (水谷章三)
ぎゃあっ、なにこれ、おじさん!
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.125
「のっぺらぼう」に近しいものを感じるが、膝に目があり、それを掘り炬燵の中で確認させる怪異の怪的センスには脱帽である。大好きな掘り炬燵の中での珍事は、主人公に永遠のトラウマを植え付けることであろう。
最後のおはなし てんぐさんの火 (松谷みよ子)
ほっとして、一歩ふみだすと、わたしたちはあの、にぎやかな街にたっていました。
怪談レストラン編集委員会 [2001] 『魔界レストラン(怪談レストラン)』p.134
魔界レストランに誘われ、食事をするという一連の流れは、主人公しかり現代に忙殺されている親族を不憫に思った天狗叔父さんの粋な計らいであったのかもしれない。魔界レストランが存在する洞窟は良い意味でも悪い意味でも現世から隔絶されているため、それは現代人にとってこの上ない「癒し」になることであろう。
まとめ
「魔界」と聞いて思い出すのは「ドラえもん のび太の魔界大冒険」という映画だ。ドラえもん一行が、悪魔や怪物蠢く魔界(星)を冒険するのだ。声優が変わったのちリメイクもされているが、僕は旧版の方が好きだ。それには明確な理由がある。旧版に登場する「人魚」のシーンがこの上なく好きなのである。あの奇妙な歌声が、当時子供の僕をビビらせたが、慣れてしまってからは謎の依存性を引き起こして今日まで忘れられないでいる。
このように「魔界」とはどこか「洋風」なイメージがついてまわっているのではなかろうか。それは端的に「悪魔」が洋物であるからだと思われる。本作における「魔界」とは、もっと広義な「魔界」を示している。神隠しで連れて行かれる場所、城主とその家来がいつか来る戦いに備えて眠る場所、実は仙人猫だった飼い猫に連れて行かれる場所、それらは広義の「魔界」を指すのであろう。


コメント